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ワンクッションという名の注意書き。
※一途な留三郎と、どうしようもない伊作です。
※にょたパロです。
「…もう生きてらんない。今なら、本気で死ねる。ていうか、死にたい」
頭から布団をほっかぶって、弱弱しい声で訴える幼なじみに、留三郎は盛大な溜息をつく。幼なじみでお隣さんで、小さいころからよく知ってるこの相手が、こうやって泣き言を落とすのは今回が初めてではなかった。
「それ、毎回言ってるじゃねぇか」
「今回は本気だもん」
もう死ぬ、とこの世の終わりのような声を出す伊作は、布団をすっぽりかぶっていて表情はおろか体の一部すら見えない。泣いているのか、どれだけ悲しんでいるのか。顔をつき合わせていれば読み取れるのに、それができなくて、察してあげられないのがもどかしかった。かける言葉も見つからず、ただ黙って布団の固まりと化した伊作を見下ろす。その間も伊作からは、途切れることなく物騒な言葉が流れ続けた。
死にたい。死ねる。生きてるの辛い。
伊作がそうやって、留三郎に泣きつくときは、十中八九、男と別れたときだった。そして今回も、例に漏れずそれだった。
そこそこかわいいこの幼なじみは、とても男の趣味が悪いと留三郎は思う。
好きだと言ってくる先輩後輩は多い。人気の高い男から告白を受けたことだって、確かあったはずだった。なのに、こいつが選ぶ男はいつだって。
「だから、親父はやめとけって言ったんだ…」
「……そんな風に言わないで。それに、親父じゃなくて、大人なの」
こっぴどく振られただろうに、それでも相手の親父、もとい男をかばう伊作はいじらしいと思う。けれど、大概にしとけと心のうちで舌打ちをした。
八つ年上の大学生から始まった伊作の男性遍歴は、すでに両の手でも足りないくらいになっていた。新卒の社会人、社会生活に慣れてきた二十代後半の男。このくらいはまだマシだった。年月を重ねるにつれて、伊作が好意を寄せる男の年齢も比例して上がっていき、三十代前半、後半、ついには四十代と、年上好きというには少々無理のあるところまで来ていた。
そもそも十代の学生と社会人では、それだけでも価値観が違う。伊作はそんなところが好きだと言っていたけれど、価値観の違いは破綻の原因にだってなる。だからいつだって、「合わない」という理由で、捨てられていた。
それでも独身男だったらまだ救いようがあった。なのに、今回手を出した男は既婚者だ。浮気で、不倫だ。高校生のする恋愛だなんて到底思えないし、始まった瞬間から結末だって見えていた。
そもそも、恋愛と呼べるかどうかさえ危ういそれだ。始まる前に止めるべきだったと今更のように思う。
やめろ、奥さんの気持ちだって考えろ。間違ってるだろ。
そう言って、やめさせるべきだった。だって道徳に反してるし、どう転んだってしあわせな結末は見えない。伊作も、相手の男も、その奥さんも。
そんな恋愛、させるべきじゃなかった。
そして、最初の予想通り、伊作はあっさりと捨てられた。
『君も、遊びのつもりだったろう?』
どうやら向こうは、最初からそのつもりだったらしい。割り切った付き合いだったと、相手は伊作の元から去っていった。帰るべき場所のある男だ。多分、面倒なことになる前にと、手を引いたんだろう。男のそれは、賢明な判断だったと思う。いや、賢明というならば最初から付き合うべきじゃなかったけれど、この際そこには目を瞑っておく。
あのままずるずると付き合っていれば、最終的に辛い想いをするのは伊作だった。不倫がばれたリスクは、到底計り知れない。警察沙汰、果ては裁判沙汰にだってなっていたかもしれない。今だって十分傷ついてるようだけれど、きっとそんなのは比にならなかっただろう。
「いい大人は、不倫なんてしねぇんだよ」
「………」
伊作は、何も答えなかった。
伊作が初めての交際を経験したのは、中学二年の頃。相手は教育実習で来ていた大学生だった。
コンビニが一軒ある以外、これと言った遊び場もショッピングできる場所もない田舎に、都会から来た洗練された男が実に不釣合いだったことを、留三郎はよく覚えている。そして学校中の女子がきゃあきゃあと騒ぎ立てていたことも。ただ、あの時、伊作はその輪にいなかった。
周りが騒ぎ立てる中、そこに伊作がいないことに、ああ、伊作はあの男に興味がないのか。そう思って安心していたのに、実習が終わったその次の週に、伊作が告げた現実に年甲斐もなく泣きそうになった。
「ぼく、先生と付き合うことになった」
あ、もう先生じゃないか。
嬉しそうにそんなことを言う伊作に、何かをねだるように見つめ返すその瞳に、精一杯の笑顔を貼り付けて、「おめでとう」と言った。言うしかなかった。そして、伊作も嬉しそうに笑った。けれど、内心は怒りに震えて、それを隠すのに必死だった。
ずっと、好きだった。大事にしていた。それを、どこの馬の骨とも知れない男が、あっさりと奪っていった。伊作の「初めての男」になったそいつに嫉妬して、何もしないままあきらめなきゃいけなくなった自分が情けなくて仕方なかった。
なんで、告白しようと思わなかったんだろう。
距離が近すぎて、前に進めなかった自分を心の底から呪った。どうせ後悔するなら、玉砕して後悔したほうが、まだマシだった。こんな終わり方、望んでいなかったのに。
後悔ばかりが巡る心は、タールのように暗く、重かった。
結局、伊作とその男との関係は一ヶ月ともたなかった。
「遠距離って、だめだよね」
そう言って眉尻を下げて笑う伊作に、内心喜んでしまったのは今でも内緒だ。けれど、喜びも束の間。そこから始まった伊作の男関係は、途切れることはなかった。
「…どうしたら、しあわせになれるのかなぁ?」
幸せになりたい。しあわせな恋をしたい。それだけなのに。
ぽつぽつと零す伊作を、布団の上からそっと撫でる。
十四の頃から、四年。たった四年なのに、伊作は両手では数え切れない数の男たちと付き合っては別れてきた。数だってすごいけれど、その期間の短さにも呆れる。長くても半年、一番短くて数時間で別れたこともあった。それを、なんでもないといった顔で言ってのけた伊作を思い出して、胃の奥が苦くなる。
幸せになりたいと願うのに、どうしてこいつは茨の道ばかりを選ぶんだろう。
別に年上ばかりを選ぶのが悪いとは思わない。好みなんて人それぞれだし、それは仕方のないことだと諦めている。それより問題なのは、年の差よりも、伊作の男を見る目のほうだった。
口がうまいのか、見てくれに惹かれるのか、それはわからない。けれど、いつだって伊作が選んでくるのは、どうしようもなく軽薄で、どうしようもなくだらしのない男達ばかりだった。だから最終的には、泣かされて、捨てられる。そろそろ、そのパターンに気づいて、改善してもいい頃なのに、その兆しは全く見えなかった。
そもそも、今回の男と付き合い始めたのだって、その前の男に捨てられた直後のことだった。傷心でブラブラと街をさ迷っていたところで出会って、そのまま慰めてもらったといっていた。伊作の言う慰めてもらったは、そのままの意味ではなくセックスと同意だ。出会って数時間で体を預けるなんて馬鹿だと思う。どうしようもないあばずれだとも思う。それでも伊作を嫌いになれない自分は、もっと馬鹿だと思った。
(つーか、伊作は絶対、俺のことは好きにならないのにな)
絶対条件に年上が掲げられてる以上、同い年の自分は絶対に対象には入らない。それでも、諦めきれないなんて不毛もいいところだった。
俺を好きになればいいのに。そんなことは、この四年間で何度も思った。けれど、懇願したところで人の気持ちなんてどうにかなるものでもなかった。
諦めることも、忘れることも、嫌いになることも出来ず、宙ぶらりんのまま、それでも伊作から離れることが出来なかった。
「なれるよ。しあわせに。そのうち、きっと」
「…そうかな?」
「しあわせは、誰にでも平等にあるんだ」
だから、きっとしあわせになれる。
布団をなぞりながら、何度もそう繰り返す。
どのくらいそうしていたのか。不意に、「優しいね」と、普段よりもトーンの低い声が零れ落ちてきて、手が止まってしまった。
「留三郎と、恋をしたら楽しいかも」
「…どうだろうな」
「きっと楽しいよ。留三郎は優しいもの。優しくて、すごく、楽だ」
なんだ、それ。
思わず笑いそうになって、でも鼻の奥がつんと痛くなって、自分の気持ちなのに、どう表現していいのかわからなかった。
「留三郎が、彼氏だったらよかった」
伊作の言葉が、胸に突き刺さった。
伊作が望むなら、いくらだって大事にする。とろとろに甘やかして、何度だって愛を囁いてやる。いつだって、抱きしめてやる。そう、伊作が望むなら、俺は、俺は…。
「なら、付き合おうか」
気がつけば、布団ごと伊作を抱きしめていた。額を布団にくっつけて、吹き込むように言葉を落としていた。
加減するのも忘れて、ぎゅうと力いっぱい抱く。苦しいよ、と訴えはじめた伊作に、ようやく腕の力を弱めてやると、器用に布団から這い出てきた。その頬は、涙にぬれている。赤く染まった瞳、濡れた睫を見れば、まだ引き摺ってるのは一目瞭然だった。
(…やっぱり、まだ、好きなんだろうな。)
でも、そんなことは言えなかった。かわりに、そっと唇を合わせる。伊作は抵抗なんてしなかった。
冗談で言ったのはわかっていた。それでも、伊作の言葉を冗談にしたくなくて、布団に埋まったままの体を力いっぱい抱きしめた。
恋じゃなくて愛です
了
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2010/12/25
リクエスト内容
留伊(にょた)・しあわせな内容
リクエスト、ありがとうございます。
(しあわせと言う部分に添えなくて、申し訳ありませんでした)
title:確かに恋だった
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