「長次がかまってくれないんだ」

両頬を食事中の子リスのように膨らめて、小平太は溜息をついた。



小平太が伊作の元にやってきたのはつい先刻のことだった。普段より早い時間に風呂を頂き、せっかく時間もあるし、と図書室で借りていた医学の本を読もうと手を伸ばした時にやってきたのだ。忍者の卵、しかも最高学年とは思えない足跡を鳴らし、壊れるんじゃないかという勢いで襖を開け放った小平太に、伊作は思わず手にした本を落としてしまった。
ぐしゃりと変な音がする。
ああ、変な風に折れたっぽい。
長次に怒られるなぁと溜息をつくと、そんなのはお構いなしと小平太は伊作の胸に飛びついた。

そして冒頭へ戻る。



でっかい子リス、もとい、小平太は大変お冠のようである。

「具体的にどう言うことなんだい?」

長次は何処かの鍛錬馬鹿と違って夜はしっかり寝て、朝も決まった時間に起きている。ご飯もきちんと取ってる。そりゃあ委員会のある日は一緒に食べることも出来ないだろうけど、部屋にはきちんと戻るし。大体にしてこの年になってかまってもらえないと嘆く方もどうなんだ。
きちんと話して、と腰に回った手を引き剥がす。
布団の上に胡坐をかいた小平太はやはり膨れっ面だった。

「だから、かまってくれないんだって」
「それだけじゃわかんないよ。何処が不満なのか、具体的且つわかりやすく説明して」

強めに言い放つと、小平太は顔を赤らめて、あーだのうーだの良くわからない単語を発し始めた。
貴重な読書の時間を削られた此方としては早くしていただきたい。はっきりしてよ!と言うと、決心したのか小平太が口を開いた。

「……最近、長次が触れてくれないんだ」

最後の方は良く聞き取れなかったが、目の前に耳まで赤くした小平太が居るものだから、言わんとする意味はなんとなくわかってしまった。
どういうこと?と聞き返せるほど野暮でもなければ子供でもない。

小平太と長次がなんとなくそういう雰囲気を漂わせていたのは気が付いていた。衆道なんて珍しいものでもないから溺れすぎなければいいな、と楽観視をしていた。…が、この口振りではどうやら体を繋げた事があるらしい。というか、同窓の床事情など知りたくもなかった。
どうしたものかと視線を彷徨わせていたら、衝立越しに留三郎と目が合った。助けて!と合図を送ったが目を逸らされた。どうやら傍観者を決め込んだらしい。ずるい!留三郎!

「そうなんだ。ええと、小平太はどうして欲しいの?」
「…よく、わからない」
「そっか」
「ただ、」

俯いた小平太の瞳から大きな雫が落ちた。

「今の状態が、苦しい」

双眸から頬を伝って流れ落ちる涙に、伊作の胸がぎゅうとなった。
思わず肩を抱いて、涙に濡れる頬を自分の胸へと押し付けた。

「大丈夫だよ、小平太。大丈夫、大丈夫だから」

何が大丈夫なんだと自分で自分にツッコミを入れたが、そんなことはどうだっていい。二人の間に何が起こったのか、何をどうしてこうなったのか全くわからない。現実問題として、状況を打破する素材は何一つないが、自分に出来ることはこれくらいだ。
思い切り泣いて。気がすむまで泣いて。それまで僕がいてあげるから。
よしよし、と赤子をあやすように背中を擦っては、時折ポンポンと軽く叩いた。



瀕死の恋に救いの手を





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2010/9/5〜9/8
拍手再録。

微妙に修正。



title:確かに恋だった



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