(仙蔵視点)


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スライド式の携帯を片手に、開けたり閉めたりを1時間ほど繰り返している。
明日は日曜だ。夏休み明けからこっち、文化祭やなにやらで慌しくすっかり疎遠になっていた幼馴染に会いたいと心の底から思った。しかし携帯を手に取ったは良いが、どうしても十一桁の数字を押すことが出来ずに足掻いていた。
アドレス帳の「も」の欄でボタンを留める。明るい液晶映し出した「文次郎」の三文字に、やっぱりだめだ、と終了ボタンを押した。
たった十一、されども十一。ボタン一つ押せば届くそれがどうしても押せなくて、ほんの少し、泣きたい気持ちになった。

会いたいと願う幼馴染の家はすぐ隣だ。家も携帯も、こんなに近いのに。
互いの家までの距離は、時間にして徒歩三十秒。部屋だってベランダを挟んで向かい合わせにある。ちょっとベランダに出て小石でも壁にぶつけてやれば、奴はひょっこり顔を現すことも知っている。なのにそれをしないのは、仙蔵のプライドからだった。

(私から会いたいなんて、言いたくない。絶対絶対それは嫌だ。)

中学生の頃は毎日のように顔を突き合わせていた。
隣同士だし、学区も同じ。学校内で当たり前のように顔をあわせていたのに、仙蔵が私立の女子高を進路に選んだことでそれもなくなった。学校までの距離も登校時間も、通学路さえまるで違う。あの頃当たり前に感じていたことがなくなり、仙蔵の心は冷えていった。
ベランダ側の遮光カーテンはぴっちりと閉ざされたままで、隣の家の住人が起きているのか眠っているのかさえわからない。



将来は文次郎と結婚を。
仙蔵の親か、はたまた文次郎の親か、どちらが言い出したかわからないが物心ついた頃にはすっかり刷り込まれていた。
そういうものかと思ったし、それでいいかとも思った。仙蔵にはなんの不満もなかった。

互いの進路が分かれた中学三年の冬。神妙な面持ちで文次郎が紡いだ言葉を、仙蔵は一生忘れはしない。

「縛られることなんてない。好きな奴が出来たらちゃんと言うんだ」

いつになく真面目な面持ちで文次郎はそう言い放った。
結婚も恋愛も、好いた人間とするものだ、と。

文次郎がそんな風に思ってるなんて、知らなかった。当たり前のように将来も隣にいると、仙蔵がそう思っていたのと同じように、文次郎も同じ気持ちだと信じて疑わなかった。
知らなかった、知らなかった!
二人を繋いでいたものは互いの気持ちではなく、親同士の約束に過ぎなかったと知ったその晩、受験勉強も手につかずベットに丸まって朝まで泣いた。
恋を知ったその瞬間に、仙蔵は静かに失恋したのだった。


それでも自覚した恋心は簡単に諦めがつくほど、安っぽくもなかった。十五年の人生の大半を占めていた彼を、簡単に追い出せるほど軽い気持ちではなかった。
やっぱり好きだ。
それでも気持ちは口に出せず、結局「幼馴染」という甘いポストに落ち着いてしまった。

軽口を叩いて、休日に互いの部屋を行き来する。そこには異性に対する感情が存在しないから、年頃の男女でそんなことが出来るのだ。もしも仙蔵の気持ちを知られてしまったら、そんな風に過ごすことさえ叶わなくなってしまうだろう。
女の子として見られたい、扱ってもらいたい。けれども今の関係は壊したくない。
いつだって相反する感情に押しつぶされそうだった。


文次郎が携帯を買ったのは、高一の春だった。
部活で帰りが遅くなる一方だった、文次郎に親が無理やり持たせたらしい。対する仙蔵は危ないからという理由で、中学時代から所持していた。
番号を教えろと、強引に言ったのは仙蔵だった。赤外線を、と携帯を向けるとやり方がわからないらしい文次郎から携帯を奪い勝手に赤外線通信をした。そのときに機種を確認して、次の日同じ物の色違いに買い換えた。その日から、文次郎の前で携帯は弄っていない。

我ながら浅ましいと思う。
でも些細なことでも繋がっていないと、不安で不安で仕方なかった。



最後に会ったのはいつだったか。
部活で使う茶菓子を買いに、夕方街を歩いていたときに歩道橋の上にいる文次郎に声をかけられた。

「暗いのに危ないだろう」
「まだ暗くない」
「これから暗くなるんだろうが」

心配してもらえたのが嬉しかった。女の子扱いされてると感じて、頬が熱くなった。けれど、口から出てくるのは可愛げのない言葉ばかりで。
文次郎の隣をトボトボ歩いていると、道の反対側にゲームセンターがあることに気づき、寄って行きたい、とまた我侭を言った。文次郎は部活帰りできっと疲れている。断られるのを承知で言った言葉に彼は頷いてくれた。
そのとき強引に撮ったプリクラを、嫌がる文次郎の携帯に貼った。一応気を使って電池パックの蓋の裏側に。牽制の意味も込めて。

残ったプリクラは今も机の引き出しに大事に取ってある。




記憶を辿ってそれが夏休み前の出来事だったと思い出し、もう三ヶ月も会っていないのだと気付いた。口から出るのは溜息ばかりだ。

やっぱり会いたい。会って話がしたい。

決断すれば早いもので、携帯のアドレス帳から目当ての人物を探し出して、えいっと通話ボタンを押した。淡い水色の携帯からは機械的なコール音が聞こえる。
1回、2回、3回。

早く出ろ、馬鹿者!

待ってる時間が酷く心細くて心の中で悪態を吐いた。待つこと10回。お目当ての人物がやっと出た。
電話に出てくれたことに安心して、ばれないように小さく息を吐いた。

「おそいぞ、文次郎」
「…あー、今何時だと思ってるんだ」

ベットの脇においてあるシンプルな作りの時計に目をやると、短針が天井を向いていた。

「12時だな」
「そうだ、夜中の12時だ」

夜中の部分を強調する。
寝てた、と言われたので、そうかと返した。電話口の向こうで文次郎が溜息を吐くのが聞こえた。

ああ、まずい。怒ったか。

嫌われるんじゃないかという恐怖が頭をよぎって、手が嫌な汗で湿った。
こんなことで毛嫌いするような懐の狭い男でないことは重々承知だ。でも少しでも女の子として可愛く見てもらいたいという気持ちが、嫌な妄想を運んでくる。

「仙蔵のせいで目が覚めた。ちょっと付き合え」

文次郎なんかに一喜一憂するなんて。
嫌だと思いつつも気持ちには逆らえなかった。




午前0時のイタズラ電話





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2010/9/5


時期的には「キミに溺れて窒息死 * 6」の2ヶ月前くらいで。
やっぱり恋人未満な二人です。



title:確かに恋だった



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