留三郎の長年の片想いが実ったのは、二ヶ月ほど前の事だった。


同じ組で寝食を共にする同室の相手に、恋焦がれた期間は、約二年。留三郎自身が自覚していなかっただけで、本当はもっと長い間、友達以上の好意を寄せていたのかもしれない。
好きだ、好きだ、好きだ。
自覚してしまえば容易い。忍びを目指し日々訓練をつんでいるとはいえ、そこは齢十五の身。目と鼻の先で無防備に寝入る姿を目の当たりにしてしまえば、あらぬ妄想もしてしまうし、それをオカズに一人で…なんてことは、健全な若い男子としては至極当然の反応だった。

そんな悶々とした日々と決別すべく、玉砕覚悟で好きだと告げたあの日の事を思い出すと頬が緩む。
決死の覚悟でした告白は少し声が震えていたと思う。自分の気持ちを口にしてしまえば、もう元の関係には戻れないと思っていたからだ。五年以上、共に生活をしてきた。仲だって悪くはない。けれど、伊作が留三郎に抱いているのはあくまでも友情の域の感情だと思う。気持ちのベクトルは同じではない。男同士の恋情が珍しくないといっても、生産性の欠片もないそれを易々と受け入れられるとは思えなかった。下手をしたら友達にすら戻れないかもしれない。
それでも気持ちを告げたのは、膨らみすぎた恋心を抱えきれなくなったからだった。好きになりすぎて飢えていた。いつか気持ちが暴走して手酷い事をしてしまうかもしれない。恐怖と隣り合わせの生活は留三郎の気持ちを酷く蝕んでいて、取り返しのつかない事態になる前にと、嫌われるのを覚悟した上で、伊作に気持ちを暴露したのだ。
そんな留三郎の心配をよそに、伊作は少し頬を赤らめる程度の恥じらいは見せたものの当然のように、僕も好きだよ、と言ってのけたのだ。

「…え?あ、……はぁ?なんだって?」
「うん、だから、僕も好きだよ」

何度聞いても信じられなくて、瞬きだけを馬鹿みたいに繰り返す。
突っぱねられる覚悟はしていたけれど、受け入れられるとは露ほども思っていなかったので、想定外の状況に慌てふためくばかりだった。鏡で確認しなくても、熱をもった頬に顔が真っ赤になっているんだろうと容易に想像出来た。
じゃあ、付き合おうか。
さらっとそんな事がいえたらどれだけ良かったか。頭では言うべき言葉がポンポン浮かぶのに、喉が焼けたように熱くてそこから言葉が出てくる事はなかった。ああ、やら、うう、やら、意味を持たない言葉しか搾り出せない。うろたえる留三郎を見て伊作は、これじゃあどっちが想いを告げたのかわからないねぇ、と暢気に笑った。それはいつも通りの笑顔で自分の余裕のなさに消え入りたくもなった。
ちきしょうめ。



そんな一世一代の告白は男として多少情けない場面もあったけれど、結果だけを見れば十分成功だったと自負している。
想いが通じ合ってからは演習、授業、委員会で潰れがちな時間を何とかやりくりして、二人でいる時間を確保した。睦言を交わしたり、互いの指を絡めたり、合わせる程度の口づけもした。全てが順風満帆だった。こうして順調にことを進めていけば、人間とは貪欲なもので、次の欲望がひっきりなしに頭を擡げてくる。
体を繋げたい。
お互いに好いていれば、欲望の行き着く先は当然そこだった。

さて、どうやってそこに持ち込むか。
自室で備品の桶を直しながらそんな事に考えを巡らせている時だった。

「留三郎、話があるんだ」

いつになく神妙な面持ちで、伊作が傍へ寄ってきた。
湯上りで濡れた髪、火照っているのか桃色に染まった肌は目に毒だ。おまけにこちらをうかがうように上目遣いまでしてくる始末で、これを計算無しの無意識でやっているのだから留三郎としては堪ったもんじゃない。

頬が染まってるのは風呂上りだからだ!意識すんな!俺!!

沸きあがってくる期待と欲望は切り捨てて、必死に平静を保つ。
手にしていた桶は中途半端なままだったけれど、後でやればいいと作業放棄した。今は伊作のほうが大事だ。

「話ってなんだ?」
「うん、僕らって一応恋人同士だろう?」

一応ってなんだ。ちゃんと恋人だろうが。
ボケてるのか天然なのかわからない発言に、思わずツッコミを入れたくなったのを寸での所で耐える。
多分、ここから先が重要なんだろうと思い、それで?と促した。

「子供じゃないし、お手て繋いで仲良くってわけには、いかないと思うんだ…」

言葉の意味が汲み取れないような空気の読めない人間ではない。この先に続く言葉は、きっと自分と同じだ。
寝間着の白が妙に艶っぽくうつる。これで恥ずかしそうに頬を染め、ぎこちなく視線をさまよわせながら、「…したいんだ」なーんて言われた日には、塗り固めた理性なんて簡単に決壊する。その場で確実に、押し倒してしまう。貪るように唇をあわせて、伊作の全てを指で、舌で感じ、貪りつくすだろう。
伊作の言葉にごくりと唾を飲む。これは期待からだった。

けれど、たっぷり間をおいて伊作から紡がれた言葉は、期待とは真逆の言葉だった。

「だけど、そういうのってよくないと思うんだ」
「………え?」
「三禁だってあるし、僕達は六年生なんだから、これ以上の色事はいけないと思う」
「……いや、でも、俺のこと、」

すきなんだろう?の部分が、変に裏返った声になってしまい、心がポキッと折れそうになった。それを必死に立て直して、平然とした表情を貼り付ける。けれど、内心はそれどころじゃなかった。
だって、俺もお前も好きだって言ったろうが。互いに好いていただろうが。同じ熱を帯びた意思をもって、口を吸っただろうが。
言ってる事とこれまでの行動が、てんでちぐはぐの伊作に、怒鳴りつけたい衝動に駆られても、きっと許されるはずだと、柄になく理不尽な感情に襲われた。

「留三郎の事は、好きだよ。でもそれとこれは話が別」

伊作はぴしゃりと言い放つ。

「僕たちは、清い交際を続けようね」

伊作の放つ百点満点の笑顔に、留三郎をまとう空気だけが絶対零度へと変わった。

この歳で、おままごとみたいなお付き合いとか、嘘だろう。
ああ、かみさま。
どうか夢だといってください。

いつになく悲痛な面持ちでした、信じてもいない神様への願いは、当然届く事はなかった。






条件付恋愛宣言







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2010/11/4





title:確かに恋だった



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