*文仙
*仙蔵がにょたです
*妊娠ネタです
*非常に中途半端です










「妊娠した」

大事な話がある。と、仙蔵が部屋にやってきたのが、つい五分ほど前のこと。
オブラートに包まれないまま発せられた言葉に、文字通り、俺は固まるしかなかった。

(え。これ、マジなのか?新手のジョークとかドッキリじゃなくて?)

突然のことに、脳がフリーズする。聞きたいことは山ほどあるのに、喉奥が焼けついたように熱くなり、言葉がまったく出てこなかった。

妊娠、といわれても少なくとも、ここ一ヶ月は確実にそれらしいことはしていなかった。していないというより、出来なかったというべきか。山積みの仕事に追われ、消化するばかりの日々で、そんな時間も心の余裕も雀の涙ほどもなかった。ぶっちゃけてしまえば、仙蔵とこうして顔をあわすのも久しいくらいだった。

だとすれば、それ以前の話ということか?

頭の上にハテナマークをつけたまま、ただ突っ立つことしか出来ない俺をまっすぐに捕らえると、仙蔵は息を吐き、そして言った。

「もうすぐ、三ヶ月目にはいる」

頭の後ろを金槌で叩かれたんじゃないかと錯覚するほどの衝撃だった。目の前がぐらりと歪み、嫌な汗が手のひらに滲んだ。
動揺しっぱなしの俺と真逆に、仙蔵は表情を崩すこともなく、ただ淡々と事実だけを告げる。平素と全く変わらないその表情はどこか他人事のようで、これが事実なのか、なにか夢でも見ているのか、判別が全くつかなかった。

どこかの安っぽいドラマに、こんなやり取りがあったなぁと場違いなことを思い出す。あの時は、こんなべたな展開は空想の世界だけだよなぁと鼻で笑っていた。まさか、そこに自分が立つとは思っていなかった。おまけに三ヶ月っていうのが妙に生々しい!

生理周期のみならず、きっちり基礎体温までつけてる仙蔵が、今の今まで気がつかなかったとは考えにくい。というか、気づかないわけがない。だとしたら。

「……いつ知ったんだ」
「一ヶ月とちょっと前くらいに。体温、下がらなかったから、おかしいと思って。…調べた」
「………」

絶句した。そんな前からわかっていて、黙ってたのか。二人の問題なのに、それをひた隠しにしていた仙蔵に、胸の奥が苦くなる。自然と眉間にしわがよる。

「なんで黙ってたっ!」
「………余計な心配、されたくなかったからだ」

その言葉に、奥歯を噛む。

心配する!するに決まってるだろ!しないほうがおかしい!

いつだって仙蔵はそうだった。強がって、弱いところは絶対に見せない。寄りかかることだってしない。
成績だって、スポーツだって、いつも仙蔵は文次郎の上をいっていた。天才肌の仙蔵より上にいくために、俺が必死の努力をしても、仙蔵はそれを軽々と飛び越えていく。いつだって、適わなかった。そして、俺は頼られたことすらない。それはどれだけ年月を重ねようとも、二人の関係がただの幼馴染から恋人に昇格してからも、全く変わらなかった。二人の力関係は、いつだって仙蔵の方が上だった。

仙蔵からみれば、頼りない男だという自覚はある。けれど、今回ばかりは黙ってるわけにはいかなかった。

「そういう話は、わかって時点でするべきだろ!」

頭にきて、つい力任せにテーブルを叩いてしまう。いつも異常の怒声と同時に劈くような音が部屋中に響く。同時に、仙蔵の肩が大きく揺れ、平静を装っていた瞳が一瞬だけ大きく開かれ、そして伏せられた。

「………それは、悪かったと思っている」

けど、大変な時期だったじゃないか。そう言って俯く仙蔵を前に、それ以上問い詰めることなんて、到底できなかった。

そういえば、一ヶ月くらい前からだろうか。我がもの顔で部屋を陣取っていた仙蔵が、ぱったりと部屋に来なくなったのは。いま思えば、不可解な出来事だった。なにかあれば人を馬車馬のようにこき使っていた仙蔵が、連絡すらよこさなくなったのだから。けれど、向こうからしてこないだけで、こちらからメールなり電話なりすれば、ちゃんと返事は返ってくるもんだから、さして気にも留めていなかった。むしろ、仕事に集中できてよかったくらい思っていた。
仙蔵の変化はきちんと見えていたはずなのに、明らかにおかしかったはずのに、自分のことにいっぱいいっぱいで、全く気が回っていなかった。そんな余裕、全然なかった。

「………怒鳴って、わるい。俺の責任、だよな…」

悩ませ、追い詰めていたのは自分だったのかと思い至り、上っていた血がするすると下がっていくのをじわじわと味わう。

孕ませたのも、余計な気を使わせて今日まで一人で抱えさせたのも、他ならぬ俺自身が原因だった。仙蔵はそんな様子、これっぽっちも出さないけれど、きっと一人で悩んで、苦しんだじゃないだろうか。そう思えば腹の底がずっしりと重く、そして氷のように冷えていくようだった。

出産までの正しい周期なんてよく知らないけれど、確か十月十日といった気がする。だとしたら、今が三ヶ月目だから…、と、脳内で計算しつつ呼び折り数える。社会人なのがせめてもの救いだった。まだ入社二年目、けしていい稼ぎがあるわけでもないけれど、学生なんかよりは全然いい。なんとか養えるだろう。
いや、そんなことよりも、両親に挨拶しに行かねばならない。大事な一人娘を結婚前に孕ませちゃったんだから、一発殴られて済むどころの話ではない。それ相応の覚悟をして、行かねば。

(ああ、俺、生きて帰れるかなぁ…。)

指を折ったまま、血が下がっていく気持ちに俺は首まで浸った。
これからの人選設計を脳内で組みなおしつつ、
「いつなら大丈夫だ?」
と、聞いてみる。けれど、仙蔵は何も言わなかった。かわりに紙を一枚、差し出してくる。俺はそれを手に取り、目を丸くした。

「これに、署名と捺印を頼む」

そっけない白い紙には、同意書の文字がある。けれど、その意味を飲み込むことは出来なかった。紙を握り締めたまま、「これは?」と問う。

「同意書。手術のだ」
「はぁ!?」
「書いてくれるだけでいい。あとは自分で何とかする」

ご丁寧に朱肉とボールペンまで用意していたらしい。仙蔵は、それらをバックから探り当てると、紙と一緒に俺の前に置いた。

ちょっとまて。ちょっと待て!ちょっと待てって!!

「なんで堕ろすこと前提なんだ!?」
「産めるわけないからだ」
「産めるだろ!」

冷静にならないと、と思考の片隅ではそう思うのに、口から出てくる言葉は本能に任せた怒りのみだった。
ふざけるな!なに勝手に決めてるんだ!!
続けざまにそう怒鳴っても仙蔵は至極冷静な態度を崩さないまま、「それは最善じゃない。」と零す。そして、「産むべきじゃない。」とまで言い切った。
こちらの意思を頑なに拒む仙蔵に、俺は怒りと眩暈を覚えるばかりだった。












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2011/6/5


この先が書きたくて書きはじめたんですが、見事なくらい詰まってしまいました;;;;
「産まない」って頑なに拒む仙蔵の真意とか、ちょっとずつ気持ちの平行線を交わらせていく二人を書きたかったんですが……挫折すみません><
もう一回お話練り直してきます。。




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