三郎のやつ!絞め殺す!!しばき倒す!!末代まで呪ってやる!!

三郎と、雷蔵。十の頃から思いを寄せ合ってたことはよく知っているし、思いが通じ合った今だって微笑ましい気持ちで見守ってるつもりだった。二人の関係をどうこう言うつもりもない。ギクシャクするよりも、仲良く寄り添ってくれてた方が二人らしくて好きだし。けれど、それとこれとは話が別だ。

やるなとはいわない。年相応の欲はわかる。理解もしているつもりだ。けど!でも!もうちょっと考えろよ!と、腹の底からふつふつと、真っ赤な気持ちが湧き上がる。
気をやってただろう雷蔵はともかく、三郎は絶対に気づいてたはずだった。そこに孫兵がいることも、動けずにいることも、俺との間に流れた気まずい空気にも、全部、全部だ。気づいてて見せ付けるように(実際は聞かされたんだけど!)行為を続行してたのだ。たちが悪い。悪すぎる。

俺はともかく、孫兵の気持ちを考えろってんだ!

怒りに任せて、資料をバシッと床に投げつける。それでも足りず、頭の中はいかにして三郎を叩きのめすか、首根っこ掴んで引き摺りまわす方法をばかりがぐるぐると巡っていた。
そんな物騒なことばかり考えていて、注意が散漫していたらしい。こんこん、と控えめに戸を叩かれるまで、廊下に誰かがいるということにも気がつかなかった。はっと我に返る。

「………あの、竹谷、せんぱい」

入っても、よろしいでしょうか。と消え入りそうな孫兵の声に、沸点辺りにあった怒りが急速に下降していく。年の割りに低いその声には、安定剤のような、なにか心に響くものがあるなあと思った。
一拍おいた後、先輩の顔をべっとり貼り付けて、いいぞー。と、出来るだけ普段通りの調子を装う。少しずつ開いていく襖の先にいた孫兵は、まだ熱が冷めないのか、耳まで赤く染まったままだった。正直これは、目に毒だと思う。思わず顔を背けてしまった。部屋に招きいれようと思ったのは、間違いだった。

「もう遅い。早く部屋にもどれって」

一緒に部屋に持ち込んだのは、怒りだけじゃなかった。当てられるような濃密なそれに、邪な気持ちがちょっとずつ頭を出し始めて支配しようとしていた。体が熱い。潤んだ孫兵の目や、火照る白い項、心許ないのか定まらない視線に、そういう気が起こらないほうがおかしかった。できることなら腕の中に引き込んで、折れそうな細い体を味わいたいとさえ思う。きめの細かい滑らかな肌に指を、唇を寄せて、理性の殻に包まった本能を暴きたいとさえ思った。でも、やっぱりそんなことは出来ないし、ましてやそんな疚しい願望を悟られるわけにはいかない。相手は二つも年下で、年端もいかぬ子供で、性の知識だって興味だってあるとは思わない。(だって、孫兵の一番は毒虫たちだ。)
このままでは先輩の名が廃ると、色に染まった欲望をべりべりと引き剥がして腹の底へ沈めた。それでも後ろめたさは拭えなくて、孫兵の目を見れないまま、らしくない突き放すような言葉しか紡ぐことができなかった。

部屋の温度が、すっと下がるのが肌越しに伝わる。

「………はい、わかってます。でも、その前にひとつ、聞いても、よろしいでしょうか…?」
「なんだ?委員会のことか?」

振り向かないまま、問う。返答は、たっぷり時間を置いてからだった。

「…………、…竹谷先輩は、興味がおありでしょうか?」

なにを、という決定打はなくとも、それがわからないほど、子供でもなければ、野暮でもなかった。
手のひらが汗で滑る。飲み込んだ空気がやけにリアルで、なのにどこか靄の遠くのようなあやふやさがあって、俺はすっかり身動きが取れなくなっていた。

孫兵の口から、そんな言葉を聞く日が来るとは、思わなかった。

孫兵の興味の中心は常に毒虫たちで、それは思いが通じ合う前も後も、けして変わることはなかった。どんなにいい雰囲気を醸し出しても、強請るように指を絡めても、あとちょっとで唇が触れ合うという瞬間でも、視界の片隅に虫を捉えた日には、俺なんてそっちのけで駆け出してしまう。毒虫一直線、ジュンコへの愛情過多も変わらなかった。それに、不満がないわけじゃなかった。けれど、それが孫兵で、俺の好きになった孫兵なのだから、それでもいいかと思っていたのだ。もう少し大人になれば、蜜をかけた甘い時間だって過ごせるはずだと。


それが、この急展開だ。今まで見てきた孫兵とギャップがありすぎて、「ある」と答えるべきか、「ない」と言うべきか、選択がわからなかった。
本音で答えるなら、絶対的に「ある」だ。だって、俺だって、もう十四だ。男だ。とっくに精通を迎え、それなりの知識だって持っている。友人たちと、その手の話で盛り上がったこともある。相手は男と少々特殊ではあるけれど、焦がれてたまらない相手なのは男だろうと女だろうと変わらない。欲しいと思う。他人には見せない全てを、俺には見せて欲しいと、そう思うのだ。
けれど、欲望のままに答えるのは先輩としてどうなのか?という疑問もある。「ない」とはっきり告げるのは、男として終わってるんじゃないかと思うけれど、ここであると告げてしまうのも、がっついているようでみっともない気がぷんぷんするのだ。

やっぱり、孫兵の顔が見れない。距離が測れないと思う。

何を思って、そんなこと聞いてくるんだ。どう答えて欲しいんだ。
元から小さい思考の器が、突然のことにオーバーヒートしたかのように熱くなる。手にかいた汗は、ますますひどくなっていた。滑る指を拳の中に仕舞いこむ。

「俺は、」

声が震えた。ふうっと息を吐いて、唾を飲み込む。ごくりと鳴る喉音がいやに大きく聞こえて、眩暈を起こしそうだった。意を決して、ぎゅうっと目を瞑る。

「…おれは、あるよ」

やっぱり、嘘はつけなかった。嘘でも「ない」とは言えなかった。
軽蔑するだろうか。最低だと罵られるだろうか。どっちにしても、いい結果は得られないなあ、と一層心が重くなった。

「悪い。いま、孫兵の顔、見れない」

だめな先輩で、ごめん。と、続ける。

一緒にいるだけで満足とか、笑顔を見るだけで幸せになれるとか。確かにふわふわした時間は幸せで、すごくあたたかい。ぎゅうっとした手のひらを握り返してもらえるだけで、気持ちが張り裂けそうになったり、天にも昇れるんじゃないかってくらい高揚した気分に包み込まれる。それはすごくすごく、幸せなことなんだと思う。けれど、それだけで気持ちが満たされるほど、俺は純粋でも、子供でもなくなっていた。
全てが欲しいと思う。恥ずかしいところも、きたないところも、全部を手中におさめたいと思う。「せんぱい、」と紡ぐ穏やかな声が、俺の手でどう乱れ、どんな声で鳴くか。意志の強そうな大きな瞳が、どう揺れ動くか。まだ幼いからだが、俺の手でどう溶けていくか。その全てが見たいと願っているのだ。
浅ましいと思う。汚いと思う。純粋で透明だった気持ちは、とっくの昔にどこかに置き去りにしたらしい。俺の中には、どろどろとした醜い欲望ばかりが渦巻いていた。

「竹谷先輩は、だめな先輩じゃ、ありません」
「……っ」
「…ぼくは、うれしかった、です」

うれしかった。という単語が、いやに丁寧な調子で耳に届く。感情を表わすことの少ない孫兵が、出来うるめいっぱいの気持ちをそこに乗せてくれたようで、干したてのあったかい蒲団に包まったような、ふわっとした優しい気持ちが胸いっぱいに押し寄せた。鼻の奥が痛い。情けないけど、泣きそうになった。

「たけやせんぱい。こちらを、向いて、くれませんか…?」

その言葉に、ゆっくりと振り返る。孫兵はまだ、襖の向こう側にいた。鴨居を境に、礼儀正しく正座をしていた。視線がゆっくりと絡み合う。火照った頬、潤んだ瞳はそのままだったけれど、三郎の部屋の前で見た不安はどこにも見えなかった。
腕を伸ばして、その細い体を力いっぱい抱きこむ。折れそうだった。

「た、けや、せんぱ」
「すきだ」

すきだ。好きだ。好きだ!

頭の悪い俺の言葉のボキャブラリーなんて、片手で足りるくらいだった。好きだ、大好きだ。陳腐だけれど、ストレートに、孫兵にまっすぐ届くように、願いを込めて何度も重ねた。戸は開けっ放しで、いつ誰が通るかもわからない。それでも、戸を閉めることすら億劫で、どうでもよくなるくらい、もう孫兵のことしか見えていなかった。
ガラス細工のような項に、頬を寄せる。鼻先にあたたかなお日様と、おおきな大地のにおいがした。孫兵のにおいだ。そう思ったら、もうたまらなかった。

「ぼくも、お慕いしています」

その言葉に、一層胸が締め付けられる。

薄く、柔らかな唇を、指の腹でひと撫でする。控えめな呼吸で漏れる息が肌に触れ、一気に下半身が重くなった。さあっと血が集まる感覚。元から余裕なんてなかったけれど、これはもうやばかった。

「…嫌だって言っても、とまんねえぞ」

最後の牽制のつもりで、つぶやいたその言葉。これが最後だ。その気がないなら、これ以上、俺を煽らないでくれ。余裕のなさが情けなかったけれど、ここで引いてくれれば、俺は耐えられると思った。なのに孫兵は。

「……ちゃんと、覚悟してきましたから」

大丈夫です。と、胸元に顔をうずめてくる。視界に映った項は冬の雪のように真白で、けれど薄く朱が走っていて、もうこれ以上、踏みとどまれないと思った。

さすがに、固い床の上でそのまま雪崩れ込むわけにもいかず、押入れから布団を下ろす。いつもはどちらかというと入り口に近い場所に敷くのだけれど、それはちょっとなあと思い、ちょっと考え込んでから奥の壁に近い場所に敷いた。

いつもどろどろになって寝ている布団の扱いはぞんざいなもので、お世辞にもきれいとはいえないし、前に干したのもいつだったのか忘れるくらい遠くだ。そもそも部屋だってそう綺麗じゃない。なんだか申し訳ない気分になる。熱湯にこぼした一滴の水のように、それが心の内に広がった。






そうだ。そうして、いま向かい合ってるのだ。

床の用意をして振り返った先の孫兵は、見ているこちらが可哀想になるくらい、気を張り詰めてガチガチになっていた。
これ以上怖がらせないように、できるだけ優しい声色で、「孫兵、」と呼んでも、しかられた子供のように小さくなるばかりで、張り裂けそうなくらい燃え上がっていた熱が、急速冷凍されるかのように冷えていく。

やっぱり、間違っていたんだろうか。後悔が駆け巡る。
間違えたというなら、今日の俺の選択は、全部間違っていたような気がする。まっすぐ部屋に帰せばよかった。資料を渡すんじゃなかった。委員会室だと言えばよかった。襖を開けるんじゃなかった。質問に答えるんじゃなかった。「ある」なんて、馬鹿正直に言うんじゃなかった。

後悔が腹の辺りをぐるぐるしている。こんな風にしたかったわけじゃないのに。確かに手に入れたかった。見たかった。暴きたかった。けれど、こんな風に怯えさせたかったわけじゃなかった。

「なあ、やっぱり、…やめようか」

出した声は、油の切れたからくり人形のようにたどたどしく、情けなかった。
言葉にした瞬間、孫兵のまなこが、信じられないといった風に大きく開かれる。

「………、僕のことが、お嫌いですか?」
「そうじゃない」
「僕では、そんな気も起きないってことですか?」
「…っなわけねぇだろ!!」

今だって、暗がりに二人ってだけで、その細い体を組み敷いて、貪りたいと思っているのに。

なんで伝わらないんだろう。こんなに怯えきってるのに、なんで孫兵は、引かないんだろう。
「怖いです、」と一言落としてくれれば、いくらだって我慢できる。「やめたい」と言ってくれれば、笑顔で部屋に返してやれる。なのに、なのに。

気持ちが平行線で、絡み合わないのが、酷くもどかしかった。孫兵の気持ちがわからない。どうしてやるのが一番なのか、わからない。ただひとつわかっているのは、俺は孫兵がすごく大切で大事で大好きで、孫兵も同じように俺を好いてくれているということだった。

そうっと孫兵の白く細い指を取る。演習や鍛錬で傷だらけの自分の手とは違う、白くて柔らかい穢れのない手だった。純粋で、無垢で、子供の手だと思った。

「……好きだから、大事にしたいんだよ」

いっぱいになった椀から溢れる水のように、言葉がこぼれる。自分自身の言葉にはっとした。
一番大事なことを思い出した。
そうだ、俺は大切にしたかった。守りたかった。この手を、孫兵を、大事にしたかったんだ。

「………だから、今は、…その気持ちだけで、十分なんだ」

そうして、赤子にするように、孫兵の頭をゆっくりと撫でる。

「…うれしかったと、言ったのに」
「ああ、…でも、もうちょっと、大人になってから、な?」
「………竹谷先輩よりは、大人のつもりですけど」

口を尖らせて、憎まれ口を叩く孫兵の唇に、自分のそれをそっと重ねる。一瞬だけ触れるだけのそれに、孫兵の顔は耳まで真っ赤にに染まっていた。



覚悟はまだいらない







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2011/5/17



のきさまリクエスト、「距離感のつかめない二人」でした。
リクエストしてくださったのきさま、ありがとうございました!




title:確かに恋だった



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