注意書き

※にょたパロ
※文仙
※君に溺れて〜設定
※文次郎が色々大変。そして情けない感じ













突然、部屋に仙蔵が押しかけてきたのは、一時間ほど前のことだった。

「どうしても観たいんだ。」
そう言って、勝手知ったる他人の部屋で、これまた勝手にDVDを流し始めたのだ。

「おい、こっちは勉強中だぞ」

咎めるように視線を投げるのに、仙蔵はぴくりとも反応しない。かわりに肩を引っつかまれた。仙蔵の口元は怪しげに弧を描いていて、「一緒に観ようじゃないか」そういって、テレビの正面に座らされる。その隣にまた、仙蔵も腰を落ち着けた。
言いたいことはいくらだってあった。やるべきこともあった。けれど、こうなった仙蔵は誰にも止められない。
へそを曲げられるのも面倒なので、渋々だったけれど映画を見る体勢を取った。それに気をよくしたのか、珍しく仙蔵がにっこりと笑う。悪巧みをするような意地の悪い笑い方ではない、澄んだ笑顔に不覚にも耳が熱くなった。

映画に集中したいのか何なのか。仙蔵は、まだ昼間だと言うのにカーテンをすべて閉めてしまった。薄暗くなった部屋に、満足そうに目を細める仙蔵。へぇ、そこまでして観たいのか、とこちらも画面と対峙する。ドラマ、社会派、アクション。…さすがにコメディはないよな、と思考を巡らす。ベタに恋愛ものだったらかわいいと思ったのに、そこはやっぱり仙蔵だった。ぴっちりと光を遮断した上で再生されたそれは、悪趣味としか言いようのない血みどろのスプラッター映画だった。






別に仙蔵が勝手に家に上がりこむのも、ましてや部屋にノックなしで突入するのも、初めてのことじゃなかった。それこそ、ここ数ヶ月はほぼ毎日と言っても過言ではないくらい居座ってるし、部屋のいたるところに仙蔵の影がちらついていた。たとえば、男くさいだけの部屋に不釣合いすぎるかわいいふかふかのクッションとか、仙蔵愛用のタオルケットとか。

最初のころは、自分のテリトリーに仙蔵を置くことに、良心が咎めたり、焦ったりもした。けれど、別にこちらが意図して呼んでるわけではない。仙蔵が勝手に、本当に勝手に来るだけだし、疚しいことだって何一つしていない。だから、「俺は悪くない」と正当化すべく脳内フォローをした数は一度や二度ではない。実際やってることも、互いの勉強だったり、進路の話をしてみたり、至極まじめなものだ。まぁ、たまには、テレビを見ながらボーっとしたり、仙蔵の話をはいはいと聞いたり、中身の薄い時間をすごしたりしたけれど。

けれど、やっぱり周りはそうは思わないらしい。いつだったか留三郎に、「お前って、猿だったんだな…」と、それはそれは汚いものを見るような視線を浴びせられたことがあった。一瞬、何の話をしてるのかわからなかったけれど、吐き捨てるように出した留三郎の、「親が居るのに連れ込むとか、ありえねぇ」という言葉に、全身の血が一気に下がって、すぐ急上昇した。違う!誤解だ!俺は何もしてない!どれだけ必死に言い訳しても、完全に仙蔵に肩入れしている留三郎には当然届かなかった。あれ以来、夜に来るなときつく言ってあるけれど、元から人に従う性格ではない仙蔵には当然効かなかった。

互いの気持ちを確認して、将来のことを見据えたのが半年前。寒かった時期は疾うにすぎ、あたたかいと言うよりかは、暑い陽気にげっそりするくらいにはなっている。
季節は巡ったけれど、二人の関係は何一つ進展していなかった。この半年間でした恋人らしい触れ合いといえば、花見に行った先ではぐれないようにと手をつないだことくらいだ。

俺だって、別に無欲なわけじゃない。年頃なわけだし、それなりの欲は持っている。
普段、余裕ぶってる仙蔵が、腕の下でどういう反応をするか。それを想像しては、たまらない衝動に駆られたことは何度もあった。泣かせたい、啼かせたい。暴きたい。そんな物騒な感情に首まで浸かった時は、さすがに仙蔵の目すら見れなかった。それでも実際に、行動を起こしたことはない。意気地なしと言われたらそれまでだが、持ち込もうとして返り討ちにあったら…。そう想像するだけで背筋が凍りついて、行動する気分になんて、とてもじゃないがなれなかった。

たまに流れてくる同級生の経験談を耳にするたび、卑俗な奴めと思いつつ、少しだけ羽目をはずせるその行動力と決断力を羨ましいと思った。そのくらいには煮詰まっていた。
最近になって、あの長次でさえ経験済みなことを知って、少し、いや、かなりショックだった。だって、あの長次だ。本の虫といってもいいくらい書物にしか興味を示さなかったあの中在家長次だ。恋愛と言わず、人間関係全般が不得意そうなあの男に先を越されたのは、冗談抜きで心にぐさぐさと突き刺さった。これで留三郎まで済ませてしまっていたら、本気で立ち直れないかもしれない。まぁ、あのへたれ男が善法寺相手に手を出せるとは到底思えないが。


男のプライドに揺れる反面、大事にしたいと言う気持ちもあった。中途半端なことはしたくないし、周りがしてるからとか、そんないい加減な気持ちで関係を進めたくなかった。仙蔵の気持ちだってある。

二人のペースがあるんだから、そのときが来るまで待とう。
最近になって、ようやくそんな余裕が持てたはずだったのに、いま置かれた状況に理性の糸が焼ききれそうだった。

少なくとも数分前までは、面白くもない映画を並んで観ていたはずだった。赤く染まる画面と、劈くような悲鳴、恐怖をあおる演出に、胃が気持ち悪くなるのを何とか耐えていた。それが今は、どうなんだ?
この現状は、イレギュラーとしか言いようがなかった。そもそも背後で流れるこの映画自体がイレギュラーだった。




別にホラーや血みどろなあれこれが苦手なわけじゃない。血を見て貧血を起こすような軟弱な精神は持ち合わせていないし、別段嫌いなジャンルと言うことはない。苦手と言うなら、甘ったるい恋愛もののほうがよっぽど受け付けないけれど、悲しいがな時刻は午後四時。すきっ腹に生々しい赤、血、肉。これで気分が悪くならない奴が居たら、ぜひとも教えていただきたい。

古い映画だから、二時間弱しか流れない。と、いっても半分過ぎたくらいから、さすがに気持ち悪さが隠せなくなってきた。すぐに吐く、というところまで切羽詰っていたわけではないけれど、顔を洗って、口を濯いですっきりしたかった。
そんな弱りきった俺の横で、仙蔵は瞳をきらきらさせながら、おやつを頬張っている。視線は惨劇を映し出す画面からまったくぶれない。凝視しつつ、食べる手を止めないその神経の図太さに、軽い眩暈を覚えると同時に、弱ってる自分がなまっちょろい奴みたいで、悔しさがふつふつと頭をのぞかせる。
ここで妙なプライドが、むくむくと育ってきてしまった。
いま、席を立ったらそれこそ男のメンツ丸つぶれである。あの仙蔵のこと、この程度でへこたれたと知ったら、末代までネタにされそうで空恐ろしいと、震える両肩をぎゅうっと抱いた。

こうなったら、できるだけ画面から意識を外してしまおうと、心の中で手をたたく。
今の今までくそ真面目に、さして意味を持たないストーリーを必死になって追っていた。でものめりこんだって気分を悪くする一方なら、いっそ右から左に流してしまったほうが楽じゃないか?今更のようにそんなことに気がついた。ありがたいことに、テレビから流れてくるモノラルは端正な英語である。意味を拾おうとしなければ、内容が入ってくる事だってなかった。

正面にはテレビ。そこから視線をずらすように、背中に当たるベットに体重を掛ける。横に座る仙蔵は前のめりになりながら、じいっと正面だけを見つめていて、テレビに穴が開きそうなほどの熱視線を送っていた。なんとなく気になって画面を伺うと、猟奇的な殺害シーンに目の前が真っ赤に染まっている。いろいろ惨劇だ。
仙蔵にばれないようにそっと視線をそらす。そこで彼女の細い肩が目に入って、別の意味で心臓がぐっと跳ねた。


季節が夏に向かい始め、仙蔵も自分もずっと薄着になってきたと思う。自分だってTシャツ一枚だけれど、それは男だからどうでもいい。というか、自分の部屋なんだからくつろいだ格好なのは当たり前だろう。
問題は仙蔵だった。部屋に来たときは長袖のパーカーに、デニムのミニスカート姿だったはずが、なぜか今は下着のような薄っぺらい格好になっている。むき出しの腕に、くぼんだ鎖骨、髪の黒と肌の白さのコントラストを想像して、瞼の裏がちかちかする。パーカー!パーカーどこだよ!急いで視線を巡らせると、羽織っていたはずの上着はベットの上でぐちゃぐちゃに丸まっていた。


以前、似たような格好で部屋を訪れたときに、「下着姿ではしたない!」と怒鳴ったことがある。そのときこそ、「これは、キャミソールって言うんだ」と、けたけた笑っていたけれど、本気で嫌そうな顔をしたからか、「心配だから、そんな格好してくれるな」と言ったせいか、それ以来、露出の多いその服を着てきたことはなかった。まさか下に着てるとも、いや、そもそもパーカーを脱ぐとは思っていなかっただけに、これはとんでもない不意打ちである。

つーか、これ、やっべぇだろ!

身長差の関係で、仙蔵の胸元は丸見えだった。頼りない肩紐。大きく開いた胸のライン。雑誌のグラビアアイドルのような肉付きの良さはないけれど、折れそうな細っこい体からささやかだけれど女の部分が見て取れるそれは非常にまずいかった。細いながらも丸みのある肩は、実に柔らかそうだった。押したら倒れそうな線の細さに、理性が真っ二つに折れそうになる。それを何とか繋ぎとめようと、とにかく必死だった。視線も、意識も、別のところに。そう思うのに、今度はスカートから伸びる真白い太腿が目に飛び込んできて、思わず口元を押さえてしまった。





君のか細い肩を抱きしめてもいいですか






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2011/4/14





title:確かに恋だった



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