キミに溺れて窒息死 * 7

(伊作視点)
そこはかとなく文仙も混じる。



----------------



冬の朝は凍てつく様に寒い。
タータンチェックのマフラーに顔を埋めて白い息を吐く。早くあったかい教室に入りたいなぁと歩調を速めた。

「おはよう」

教卓の前で談笑して居た潮江君に声をかける。すぐに彼からも、おはよう、という四文字が返ってきた。


携帯の一件以来、潮江君と打ち解けたと思う。
あの日の彼は本当に面白かった。色白の美少女の事なんて僕は知らないんだから適当にごまかせば良いものを、許婚と言い切った彼は本当に面白かった。だからつい根掘り葉掘り聞いてしまって、彼女とは家がお隣同士で親が決めた許婚なんだということまで話してくれた。っていうか二人でプリクラ撮りに行くくらいなんだからこれはもう立派にカップルだろうと内心思ったが、よくよく聞けばそれらしいことなんて何もしてないし言ってもいないのだと言う。親同士が決めた事なので彼女に好きな人が出来た暁には身を引くつもりらしい。顔に似合わず意外としおらしい一面がある事を知った。
僕から見たら携帯を勝手に弄って待ち受けをツーショットのプリクラにしちゃう彼女は相当潮江君が好きなんだと思うのだけれど、彼曰く、これはちょっとした悪戯らしい。
そうかなぁと言ったところで彼らの関係がどうとなるものでもないので心のうちに留めておいた。

それからは、小平太のように仲良くとまではいかないにしても、適当に教室で挨拶を交わすくらいにはなっている。教室に入る時、一目散の女子の群れを目指してたあの頃と比べたら目覚しい進歩だと思う。

(ああ、僕も成長したなぁ)

心の中で自画自賛しつつ席につくと仲のよい女子に囲まれた。その手には雑誌がある。雑誌の記事が目に入り、ああ、もうすぐバレンタインか、と気がついた。

正直バレンタインは自分に関係ない行事だ。
中学時代に友チョコが流行った。既製品よりかはとクッキーを作ってみたが、作りすぎてしまい余った物をクラスの男子にも渡した事がある。軽い気持ちで渡したそれが手作りだったこともあって妙な誤解を招いたらしくホワイトデーに告白されてしまった。そんなつもり更々なかったのに。
あの時も小平太に助け舟を出してもらった。それからは友チョコも既製品に、男子には絶対渡さない、と心に決めたのだった。

周りの女子は雑誌を見ながらキャッキャ言っている。本命はどうしようとか、ケーキかクッキーかトリュフかと頭を悩ませている姿は本当に可愛い。
僕にも好きな人が出来たらそんな風に悩むことがあるのかなぁ、と思う。しかし残念ながら心を動かされるほどときめく相手がいないのが現実だ。現実って冬の空気よりずっと寒いと思う。ああ、溜息しか出ない。

「おっはよー」

朝錬を終えた小平太が来た。動いてたから暑いのか、真冬だと言うのにブレザーを小脇に抱えたままだ。見ているこっちが寒い。

「おはよう」
「何見てるの?」
「雑誌だよ、バレンタイン特集だってさ」

中学時代の小平太はバレンタインは専ら貰う専門だった。友チョコもそうだが、バレー部のエースだった小平太は女子の憧れでもあったのだ。クラスの男子よりも多いチョコを掻っ攫って小平太は笑っていた。
今年はあげたりするんだろうか。
頭に浮かんできたのは中在家君の顔だ。自覚してるのかしてないのか、それはわからないけれど小平太はきっと彼が好きなんだろう。
小平太の恋は応援したいけれど、大好きな小平太が男のものになってしまうのかと思うとそれはそれで面白くない気がする。乙女心とは複雑なものだ。

「小平太は誰かにあげる?」
「私か?貰う予定はあってもあげる予定はないぞ」
「え?」

伊作はくれるだろ?と無邪気な笑顔で笑うもんだから、思わずじんときてしまった。
…って、そうじゃないでしょ!

「あげる予定ないの?中在家君は?」

女子に噂されるのは色々面倒なのでこっそりと耳打ちをする。
てっきりあげるもんだと思い込んでいたのに。自分のチョコをあてにしてくれるのは嬉しいが、大事な親友の恋路はぜひとも応援した。
あれから中在家君のために一生懸命練習した(と僕は思っている)小平太のお団子。今ではものの1分で作り上げるくらいには上達していた。そして目の前の小平太の頭には大きくて綺麗なお団子が出来上がっている。
顎に指を当てて考えてた小平太が口を開いた。

「…よろこぶかな」

小平太のことだから、あげないと言うかと思ったら!
そっかそっか、あげる気持ちはあったんだ。

「喜ぶよ!きっと」
「でも私、料理とかしたことないしなぁ」
「僕が教えるよ!」

小平太の手をぎゅっと握って力強く答えた。
僕が小平太にしてあげられることなんてこのくらいしかないもの。出来ないことが少ない分、与えられることには全力で応えてあげたい。
ああ、この恋がどうか成就しますように!







-------------
2010/9/5


title:確かに恋だった


back