白昼夢でもみているのだろうか。 ベッドの上で悪ふざけするみたいに人を引き倒して、好き勝手に弄んで、その仕返しに小平太をひっくり返して、マウントポジションを取って。性質の悪い悪戯を楽しむ小平太の自由を奪い、「ふざけるな!」と、脅してやった矢先の出来事だった。 「わたしの好きな相手なら、目の前にいる」 迷いなんてひとつもない、抜ける青空のようなまっすぐな告白。それが自分に向けられたものだと理解できたのは、小平太から受けた不意打ちのキスの後だった。 「長次が、好き。」 くちびるが触れたのは一瞬。首に巻きついた腕がわずかに緩ませ、あっさりと離れていった小平太が放心する長次に向かって、再び、けれど今度はストレートに、そう告げたのだ。そのほっぺたは林檎みたいに真っ赤だった。瞳も、今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいる。冗談やからかいが一切混じっていないのは、一目瞭然だった。 自分の大好きな子が、同じように自分を好きだと言う。ずっと夢を見ていた現実が、そこにはあった。 小平太の隣で、友人としてではなく、特別な存在として寄り添う。手を握る。友達の距離じゃない。家族より、もっともっと近い距離で、他の誰をもが知りえない小平太を見つめる。享受する。 たった一人にしか与えられないその幸せは、滑り止めで受けた私立の難関校のより、ずっと倍率が高いはずだ。望みの薄い勝負はしない。今のまま、幼馴染の特別枠でいい。そうやって、目を背け、己を偽っていた長次には、すぐ受け止められるものではなかった。 今までだって、幼馴染として、文次郎や留三郎よりも、他の友人たちの誰よりも、近い存在だったと言う自負は、ある。妹が兄に甘えるように腕を絡めてきたり、不意打ちのように手を繋いできたり、内緒話を耳打ちされたりしたこともある。思春期真っ盛りの男女が普通はしないであろうスキンシップに、心が荒波を立てたのは、一度や二度ではない。 同じように、「好き」という言葉も、初めてではなかった。 明け透けな小平太は友情であってもストレートだ。 赤点で追試になりそうな小平太の勉強に付き合ったとき。授業の教材を運ぶのを手伝ったとき。 「長次のそういう優しいとこ、好きだなあ。」なんて、それこそもう何遍も聴いてきた言葉で、抱擁のサービスつきで「長次、だぁいすき!」と言われたことだってある。こちらは頷くだけでも必死だったと言うのに。 友情だ、と言い聞かせるのにどれだけの労力を動員させたのか。小平太の「好き。」を聞き流すために、なんでもない振りをするために、ポーカーフェイスを貫くのにどれだけ必死だったか。熱しそうになる心を、期待がこみ上げるのをどんな思いで押さえ込んだことか。そんな長次の努力など、きっと小平太は知らない。 今度はありのまま、小平太の言葉を丸ごと鵜呑みにしてもいいんだろうか。 小平太が長次の首に絡めた腕を引く。おでこ同士がこつんと当たる。視界いっぱいが、小平太に染まる。 「長次、好き。大好き」 何度も何度も、こちらを突き動かすように、小平太の「好き。」が重なる。それは波紋のように長次の胸いっぱいに広がっていった。 自分と同じように、小平太も。そう思えば、湧き水のように焼ける慕情が溢れていく。たまらなくなる。感動で涙がこぼれそうだった。 こんな情けない顔など、見られたくない。と、そっぽを向いた長次の頬に、小平太の手のひらが触れる。そこには普段の豪快さなどひと欠片もなかった。そのままぎゅっと抱きつかれ、耳元に小平太の吐息が触れる。そうして、弱弱しい声色で、「……長次、しよ?」と強請られる。初めては、長次がいい。なんて、嬉しい言葉つきで。 物には順序があって、両想いになったからといって一日も間を置かずに、体を繋ぐのはいささか性急過ぎると思う。けれど、長次とて惚れた女に求められて、そ知らぬ顔でかわせるほど大人でもなければ、聖人君子でもない。なにより、彼女がそれを求めているのだ。ためらいはなかった。 は、と吐き出した息が熱い。同じくらい、腕の下で涙を零す小平太の吐息も熱かった。 カーテンの隙間から藍色と橙の入り混じった空が見える。陽が落ちきっていない昼と夜の境界線で、不純異性交遊に耽っているなんて。一体何をしているんだろうと思う。 先ほどまで身に纏っていた制服は、脱いだまま、乱雑に床に放られているし、小平太自らの手によって乱されていたセーラー服や、下着も、自分の制服同様ベッドの下に広がっている。中学の頃より約四年、変な折り目がついたり、皺になったら面倒だと、ハンガーにかけることを怠ったことはない。なのに、今はそんなものどうでもいい。そんなことより、と思えるほど、目の前のご馳走に、小平太にかぶりつくのに必死だった。 お隣さんで幼馴染で、小さい頃こそ一緒に風呂に入った事もあった。けれど、そんなものは幼稚園に入る前の話で、目の前の裸体は記憶にあるものとは全く違う。女の体だ。目の当たりにした生まれたままの姿の小平太に、キャンプファイヤーの火柱のごとく、体が熱くなっていった。 スカートの裾も気にせず、セーラー服で駆けずり回る小平太のこと、羞恥心の欠片もないのかと思いきや、意外にもそれなりの恥じらいを持っているらしい。両腕で必死に胸元を隠して「……あんま、見るなってば。」と横を向いてしまった。あらわになった首筋と耳たぶが、真っ赤に染まっている。見たことのない小平太の姿に、心ごと全部持っていかれそうだ。 すべてを余すことなくシャッターに収めたい。その一心で、己の手管に可愛らしい声を上げる小平太を堪能する。 「ん、」と上がりそうになる声をこらえて唇を噛み、耐えるようにシーツを手繰り寄せる。髪をぱさぱさと乱れさせて、這い上がってくる快楽をやり過ごす。その仕草の一つ一つを、瞼の裏に焼き付ける。小平太のすべてが可愛くて仕方なかった。 ふと気がつけば、当初の目的であるDVDは、こちらと同じく濡れ場に突入している。小平太の首に舌を這わせたまま、視線だけをテレビに向ければ、女優の卑猥な声と目を覆いたくなるような肌色が、画面いっぱいに広がっていた。 正直言って、気が削げる。 性にこなれた女優は処理にはちょうどいいけれど、今はそんな雑音よりも目の前のご馳走を、小平太だけを味わいたい。 ちらりと横目に捕らえた映像を停止させようと、リモコンに手を伸ばす。リモコンに指先が触れるか触れないかのタイミングだった。それに気がついた小平太が、唐突に唇に噛み付いてきて、心臓が止まりそうになった。 ぬるり、とした濡れた感触が唇に触れる。あ、と思う間もなく差し入れられたのは、小平太の舌だ。それが生き物のように動き、長次を翻弄する。 「……っん、」 まるで、逸れてしまった長次の関心を自分に取り戻すような濃厚なくちづけに、くらくらする。密着する肌がしっとりとしていて、その肌触りにまた眩暈を覚える。 そうして小平太からのくちづけに夢中になっている隙に、目的のリモコンは小平太の手によって部屋の隅へと放られてしまった。 遠ざけられたリモコンは諦めて、あたりを探っていた手で小平太の頬を撫でると、ようやく満足したのか、ちゅっ、と可愛らしい音を立てて小平太が離れていった。唇の端からは、受け止めきれなかった唾液が伝っている。それを乱暴に手の甲で拭い、 「よそ見は禁止!」 と、こちらの首筋に額をうずめて抗議してくる小平太の可愛さと言ったらなかった。 まるでいたずら好きの子猫のようだ。 幼子によしよしするみたいに頭の後ろを撫でると、機嫌が戻ったらしい。首と鎖骨の間をちゅっと吸われた。痕が残ると窘めると、「だって、長次に触れるの、うれしかったんだもん。」と、ほっぺたを膨らませて拗ねたような顔をする。行動も、言動も、表情も、くるくる変わるどれもこれもが愛しくてたまらなかった。 そっと小平太の下肢に指を伸ばす。奥まった部分に触れると、濡れた感触がわかった。自分だけではない。小平太もちゃんと気持ちよくなっている。その事実に、心の底から安堵する。 緊張からか、恐怖からか、ぎゅうっと目を瞑る小平太のほっぺたを撫でる。恐々と瞼を持ち上げる小平太に、「嫌だったら、すぐ言え。」とだけ告げ、蜜の零れるそこに中指を挿し入れた。 くちゅり、と卑猥な水音が広がる。それに重なるように、小平太の吐息も零れ始め、腰のあたりが疼いてたまらなくなる。 最初こそ未知への恐怖に体を強張らせていた小平太も徐々に緊張が解けてきたのか、今では切なげに眉を寄せている。 自分の手に、快楽に乱れる小平太は、まさに蜜の味だった。 今までに見たことのない表情。そしてこれからも自分だけが堪能できる小平太の女の部分を、もっともっと暴いてみたい。 執拗に指で弄んでいると、痺れを切らした小平太が、「早く、」と、せがんできて、耳が火を噴きそうなほど熱くなった。 強請るように絡んでくる脚。その膝裏を掬い上げ、己の肩にかけてやる。大きく足を開く格好はさすがに恥ずかしいのか、「じろじろ見てないで、早くしろって、」と真っ赤な顔でせっついてくるのがまた可愛い。お望みどおり、潤む小平太の秘部に、猛り立つ長次自身をそっとあてがう。ふぅ、と小平太がつめていた息を吐き出したタイミングを狙って、ぐ、と体重をかけた。 「あっ…、ちょーじの…、はいって…っ、」 「……っ、」 心地のよい締め付けに、腰の辺りから崩れそうになる。それ以上に、切なげな表情で熱に浮かされる小平太に、信じられないほど揺さぶられた。 多分、痛くてたまらないんだろう。浅い呼吸を繰り返しながら、それでも小平太は、やめたいとは言わなかった。それどころか、「長次、いい? きもち、いい?」とこちらを気遣う始末だ。いじらしくて可愛い。そして、普段とのギャップに、たまらなく興奮する。 何度も頷きながら、小平太自身を舌の根まで味わう。息遣い、声の甘さ、肌の温度。手のひらに残る感触に、これは、夢なんかじゃない。快楽に酔いしれながら、腕の中に確かにあるあたたかさに、涙が出そうだった。 思う存分小平太を堪能し、薄い膜越しにすべてを吐き出した頃には、DVDはメニュー画面に戻っていた。放置されたリモコンを探し出すと、さっさと地上波に切り替える。ちょうど夕方のニュースの時間だった。ついでに使用済みのゴムも無用の産物だとティッシュにくるみ、ゴミ箱へ一直線だ。 ベッドに戻ると、心地よい倦怠感に浸りながら、小平太を後ろから抱きしめる。腹に手を回し、一層密着すると、小平太が「ちょーじは甘えただなぁ。」と笑った。 甘えん坊で結構。焦がれた相手と想いが通じたのだ。誰が遠慮なぞするものか。 「なぁなぁ、気持ちよかった?」 ストレートに感想を求めてくる小平太にぎょっとする。確かによかった。すごくよかった。けれど、それを言葉にするのはやはり気恥ずかしくて、首を縦におろしただけの返事をする。 無言の返答は、それでも正しく伝わったらしい。小平太は向日葵みたいな笑顔を咲かせて「ほんと? ほんとに?」と喜んでいる。顔が炎を噴いたように熱い。そういうお前はどうだったんだ、と問いたい気持ちもあったけれど、やはり羞恥心が勝って口にすることは出来なかった。 そこで会話は途切れ、沈黙が広がった。思いのほか薄っぺらい小平太の腹に添えた両手はそのままに、剥き出しのうなじに顔を埋める。あたたかい。それでいて、澄み切った夏空のような香りがする。陽だまりの中、日向ぼっこをする猫にでもなったような心地だ。 手のひらから伝わる温もり、耳元で感じる呼気。触れあう肌の感触に、心がどんどんと熱を帯びていく。 ああ、好きだなぁ。 溢れる気持ちを言葉にする代わりに、小平太の体をぎゅっと抱き締めた。 了 **************** 2013/4/8 back |