※文にょ仙
※仙蔵が女の子です
※2010年クリスマスネタです
※しあわせいっぱいではないです
※ナチュラルに伊作と小平太も女の子です








昨夜からぶっ通しで向かっていたレポートの提出期限は、まだずっと先だった。少なくとも徹夜しなければならないほど切羽詰っていたわけではない。なのに、仙蔵が休むことなくパソコンに向かい続けていたのは、一人の時間を感じたくなかったからだった。

アパートに、自分以外の気配はない。3DKのアパートは、ルームメイトたちがいれば狭いとさえ感じるのに、今はそれが、ただただ広く空しく感じられて仕方なかった。
キーボードを叩く指を止め、眠気覚まし用のブラックコーヒーを一口飲む。インスタントで手軽に出来るそれは薄っぺらい味しかしなくて、文次郎が作る香り豊かなコーヒーがひどく恋しくなった。

パソコンの電源を切って、テレビをつける。映ったのは夕方のニュースで、作った笑顔を貼り付けたお姉さんが、「今年はホワイトクリスマスですね。」と、嬉々として語ってくれた。窓の外を見れば、ああ、確かに白いものがちらついている。クリスマスに雪が振るなんて、そんなことは滅多にない。すごくタイムリーかつ、ムード満点で、これにかこつけていちゃつくカップルはさぞかし多いんだろうと思った。

そう、今日は十二月二十四日。正式にはクリスマスではなく、クリスマスイブだけれど、世間の恋人たちは今日が本番なんだろう。仙蔵にだって恋人と呼べる存在がいるのだから、本来ならばこんな風に一人寂しくパソコンに向かうのではなく、二人っきりで二人だけの甘い時間を過ごすのが当然なんだと思っていた。そして、そのつもりだったのに、それは仙蔵の馬鹿げたプライドのせいで、それは見事につぶされてしまった。



一週間くらい前だったろうか。「来週の金曜なんだが、」と、いつになく神妙な面持ちで切り出した文次郎に、仙蔵はすぐ反応が出来なかった。
金曜日って、何日だったか。さっと脳内カレンダーをたどり、はっとした。金曜といえば、二十四日だ。十二月二十四日。クリスマスイブだ。途端に、急速冷凍にかけられたかのように、体の芯がすうっと冷えていく。嫌な予感しかしなかった。

別にイベントごとに殊更熱心なわけではない。世間がどれだけ盛り上がってようと、我関せずで今まで通してきたし、これからもそのつもりではいた。それでも目の前の男の言葉に、少なからずショックを受けてしまう。文次郎の言葉の先はわからないけれど、少なくとも嬉しくなるような、そんな言葉じゃないのだけはわかった。

この男は本当に顔によく出ると思う。言葉が足りない分、瞳に出るというか。不機嫌なときも、怒っているときも、こうして後ろめたい何かを抱えているときも、それが全て色となって瞳に映るのだ。そして、それを本人は自覚していない。
口に出さなくても手に取るようにわかるくらいはっきりと感情を映すこの双眸は、からかいがいがあって好きだけれど、こういうときはひどく居場所のない気持ちになる。次に来る言葉が、怖いと思う。けれど、そんなところは見せたくなくて、至極平静を装って、「なんだ?」と文次郎を見据えた。

「…二十四日なんだが、その、なんというか、」
「さっさと言え。気持ち悪い」
「お前なぁ。もうちょっと言い方あるだろうが」
「うるさい」

文次郎は、まぁ、いいや。とため息を零すと、文次郎は本題へと入っていった。

「その、クリスマスなんだが、実はバイト先で食事に誘われてしまってな、」

断れなくて。その、だから、一緒に過ごせないんだ。そう言って視線をさまよわせる文次郎は、実に居場所なさげだった。

やっぱり。と、いつも通りをべっとり貼り付けたまま、こっそりと落ちこむ。想像通りの言葉だった。

別に約束を交わしていたわけじゃない。クリスマスと言えば恋人と過ごす風潮があると言っても、それは絶対ではないし、お互いにそれを臭わせたことだってない。確かに面白くはないけれど、破約したわけではないのだから、文次郎がそこまで気に病むことはないと、良心の部分ではそう思う。思うけれど、やっぱり面白くないのもまた事実で。けれど、そんな醜い心のうちは悟られたくなかった。だから、出来る限りなんでもないといった顔を取り繕って。

「私も用があるから、助かった」

口から出たのは、実に可愛くない言葉だった。







はぁ、と呆れ半分なため息を零れる。途端に、心に重いものが乗ってきて、やり場のない怒りと後悔をぶつけるように、力いっぱいエンターキーを叩いた。

我ながら、馬鹿だと思う。たとえばこれがルームメイトの一人、伊作だったら。小平太だったら。ちょっと撫すくれて、「一緒に過ごしたかった。」と袖を引いたり、もっとストレートに感情を表すかもしれない。
会いたかった。そんな風に素直に言えば、文次郎が時間を作ってくれることは容易に想像できた。けれど、無駄に高いプライドが邪魔をして、どうしてもそれが言えなかった。




文次郎のバイト先は二つある。ひとつは居酒屋のキッチンのバイト、もうひとつは家庭教師だ。チェーン展開している居酒屋が、わざわざ忙しいイベント日に集まりを催すとは思えない。だとすれば、個人でやってる家庭教師の方からのお誘いだろうな、と容易に察しはついた。知り合いに頼まれたから、と言って始めた家庭教師のバイトだったから、雇い主と距離が近い分、断るなんて選択肢はなかったんだと思う。

大丈夫。不安になることなんて、なに一つ、ない。
自分で自分に暗示をかけるように、ひたすら心の中で「大丈夫」と繰り返した。

「大丈夫」という呟きと反比例するように、目の前がじわじわと滲んでいく。眉間がつんとして痛かった。ぽたり。と雫が落ちて、床を濡らす。泣いていると気がついたときにはもう遅かった。後から後から溢れる涙は、手の甲で拭っても拭っても、止まることはない。まるで決壊したダムのようだと思った。




なみだ色の海に溺れた







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2011/10/30


文次郎の生徒はミキティだとこっそり言っておきます。
2011/7/30の日記から救済



title:確かに恋だった



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