(冒頭から)



「お願いします! 合コンに参加してください!」

まるで神頼みでもするかのように、バチンッ! と勢いよく両手を合わせて小平太が頭を下げる。その必死の形相に、テーブルを挟んで真正面に座る伊作は、やっぱり裏があったのかと、両肘をついて深い深い溜息を吐いた。

ご飯と言えば、安さがウリの大手牛丼チェーン店か居酒屋、もしくはガード下のラーメン店の三択な小平太が、昼下がりのカフェに誘ってくるなんて、最初から何か怪しいとは思っていたのだ。

おまけに、「わたしの奢りだから!」と、伊作が好みそうなマフィンやらサンドやらケーキを山のようにトレーに盛ってきて。かれこれ五年ほどの付き合いだけれど、人の食べ物を強奪することはあっても、その逆は初めての出来事で、冷静に考えれば、どこからどうみても怪しさしかなかった、なのにどうして食べてしまったんだろう、と、後悔に半分浸りつつ、これまた奢りのフラペチーノに手を伸ばす。一口含むと、冷たさと甘さがふわりと広がった。

目の前の小平太は、依然頭を下げたまま。お昼を過ぎた自分とはいえ、駅前のコーヒーショップはそこそこ賑わっていて、土下座でもしそうな勢いで頭を下げられているこの状況は、なんというか、とても居た堪れないし、先ほどから周囲の視線が突き刺さって大変居心地が悪かった。

「と、とりあえず、頭上げてよ……、」

 お願いを聞くかどうかは別として、この状況はよろしくない。そう思うのに、当の小平太は「いいって言ってもらえるまでは無理だ!」と、こちらの意志などお構いなしの暴君っぷりを発揮してくれる。おまけに、必殺の「一生のお願いだから!」まで繰り出してくる始末だ。

勘弁してくれと思いつつ、見ているこっちの方が痛くなるほど、ぎゅうっと強く目を瞑る必死さに、拒みたい気持ちがぐらつきそうになってしまうのだから不思議だった。

小平太からの一生のお願いは、これで何度目だろうか。正直、両手の指だけでは数えきれないほどな気がする。
けれど、そのどれもが、宿題手伝ってくださいとか、そのお菓子ちょうだいとか、代弁よろしくとか、小学生の延長みたいな頼みごとばかりで、失礼ながら今回のような普通の女の子みたいなお願いは、初めての出来事だった。
なにかあったのだろうか。驚きと困惑で、瞬きがとまらない。

色気より食い気の小平太だけれど、そのまったく飾らないキャラクターで男女ともに友人は多い。当然、一年の頃からムードメーカーとして飲み会に引っ張りだこで、そこでもまた交友を広めるものだから、さらに誘いがかかって……、の無限ループを繰り返していた。けれど、誘われることはあっても、誘ってきたのは初めての出来事だ。

例え幹事を任されていても、無理強いは絶対にしないというが信念の小平太は、合コンに積極的でない伊作に対して、こんな風に拝み倒してきたことは過去にない。

「頼む! 伊作はいてくれるだけでいいからさ!」

伊作の心配をよそに、更に深々と頭を下げられて、ますます困ってしまった。
本当にどうしたんだろうか。

あまりの不審さに眉間に皺が寄ってしまう。小平太にオブラートに包んだ会話は通用しないことは学習済みなので、下手な小細工はナシにして、「何があったの。」とストレートに問う。すると、小平太は言いにくそうに指先をもぞもぞ動かしながら、「実はさぁ、」と事の真相をポツリポツリと話し始めた。


詳しく話を聞けば、つい先日、人生初の一目惚れとやらをしたらしい。
頬っぺたが林檎のように真っ赤に染まり、うらやましいほど大きな瞳が不安げに揺らめいている。
高校時代から指折り数えて五年の付き合いだけれど、小平太のこんな様子は初めてだった。


レポートのためだけに訪れた図書館。渋々足を運んだそこで出会ったんだ。と小平太が顔をほころばす。
棚の最上段に鎮座するお目当ての本を取ろうと兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねつつ格闘している時、突然背後から現れたエプロン姿の男が無言で本を取り、「どうぞ。」と手渡してくれたらしい。
男子の平均くらい長身の小平太を追い抜く上背、大きな手のひら、静かで優しい声色、大人びた顔立ち。すべてが小平太のストライクゾーンど真ん中で、なにより最後に添えられた一言がとどめだった、と小平太が真っ赤に染まった両頬を手のひらで覆う。

『……女性には手が届きにくいでしょう。次からは、声を掛けてください』

そう言葉を残してカウンターの中に戻って行った彼に釘付けで、小平太はしばらくその場から動けなかったほどだったと言う。これは相当重症である。
図書館と言っても、客と店員のような間柄だ。彼の言葉が社交辞令だということは小平太自身も十分わかっているみたいだけれど、それでもこの二十年間で初めての女の子扱い。それも好みの男からだとすれば、ときめいてしまうのも仕方がないのかもしれない。

その日からは、寝ても覚めてもその男のことが気になって何も手につかなかった! と、女子力全開の告白を受け、雷を受けたような衝撃が走る。青天の霹靂だ。

元より交友範囲の広い小平太だけれど、その包囲網を惜しげもなく駆使して、サークルの先輩やら後輩やらの人脈を頼りに、彼の名前から誕生日、血液型、更には大学名から学部までをとことん調べ上げたらしい。

「同じ大学の学生でな。図書館はバイトで、月曜と木曜にいるみたいなんだ。何度か話しかけようと思って行ってみたけど、ほら、図書館って私語厳禁じゃん。待ち伏せみたいなことも出来ないだろう? そしたらさ、サークルの後輩の同級生の……、先輩? だっけ? そいつが長次のこと知っててさ。面識なかったけど、頼みこんで飲み会セッティングしてもらった!」

へー、片思いのお相手は、長次くんっていうんですか。

頭の片隅でそんなことを思いつつ、小平太のすさまじい行動力に、開いた口が塞がらない。
それだけのバイタリティがあれば、きっかけ作りの合コンなんてまだるっこしい真似をしなくても、直球でのみに誘うとか、もっと言えば告白でも出来てしまいそうな気がする。
思ったままを提案すれば、小平太の表情が夏の空模様のごとく、あっという間に曇っていった。
どうやらそれとこれは話が全然別らしい。

「無理! 二人だけとかどうしていいのかわからん! それに心臓が壊れる!」

小平太は顔を真っ赤にして叫ぶと、そのまま机に突っ伏してしまった。

なんて初々しい反応なんだろう。

そんじょそこらの男よりもずっと男らしい心意気を持つ小平太の初めての恋だ。友人として応援したい気持ちはある。けれど、やはり合コンという響きが引っ掛かって、どうしても気がのらなかった。

渋い顔をしたまま返事に困っていると、ガバッと勢いよく浮上した小平太に「……やっぱりダメか?」と再び強請られてしまう。捨てられた子犬のような寂しげな表情で見つめられて、良心が針で刺されたみたいにちくちくと痛んだ。
特定の恋人がいるわけではない。自由気ままな独り身生活なのだから、友人の願いを聞いてやれないことはない。けれど、自分は出会いなど求めていないのも事実だった。

たくさんの友人に囲まれて、したい勉強をさせてもらって。十分すぎるほど充実した毎日で、そこには一片の不満などない。それに、なにより。

「……幼馴染の男が忘れられないってか?」

図星をつく小平太の一言に、食べかけのマフィンが指先から滑り落ちてしまった。テーブルで一回跳ねたそれは、吸い込まれるように床にダイブしていく。

無残にも床に横たわった食べかけのそれを拾い上げながら、「もったいないお化けが出るぞー」と、まるで子供を窘める母親のような口調で小平太が笑う。けれど、心に図星という名のストレートパンチを食らった伊作はそれどころではなかった。
伊作が、同じ団地に住む幼馴染にひっそりと失恋したのは、五年も前の話だった。それをいまだに引き摺っているなんて、恥ずかしいやら情けないやらで、居場所のない心地でいっぱいになってしまう。

「そんなに諦めつかないなら、玉砕覚悟で告っちゃえばよかったのにさぁ」
「…………そんな、簡単に言わないでよ」

自分だって出来ないでしょう? とは言外に、じとりと見やれば軽い口調の「悪い、悪い。」が飛んでくる。本当に悪いと思っているのか怪しいけれど、これ以上言っても糠に釘、暖簾に腕押しな気がするので諦めて、はぁ、と深い深い息を吐いた。


小平太の言う通り、伊作には忘れられない人がいる。幼稚園、小学校、中学校と、同じ学び舎で過ごしたけれど、結局片想いのまま、想いを告げることも叶わなかった幼馴染の男が。



ゆっくりと瞼を閉じる。その裏側に張り付いているのは、失恋をしたあの日のこと。高校生になったばかりの春。忘れもしない、十六回目の誕生日の出来事だった。

久しぶりに顔を合わせた留三郎から「彼女が出来たんだ。」と告白を受けたのだ。

母親同士の仲が良かったこともあって、留三郎とは幼稚園の入園式よりずっと前、それこそオムツをしていた頃から隣にいるのが当たり前だった。

伊作のドジにも不運にも、「しょうがないなぁ。」と溜息をつきながらも、柔い笑顔で手を差し伸べてくれる。
毎朝並んで登校して、励まし合いながら受験勉強をして。お互いの合格発表も二校をはしごして共に喜びを分かち合った。

ずっとずっと一緒だった。自分は同級生の誰より近い存在だと、特別なんだと、そう思っていたのに、それがまさか、トンビに油揚げをさらわれるなんて。

照れくさそうに笑う留三郎を目前に、鈍器で強打されたような衝撃に襲われる。くらくらが治まらない。奈落の底に真っ逆さまだった。

「卒業式の日に告白されてさ。知ってるだろ? 一個下の……」

嬉しそうに顔をほころばせる留三郎の口が、残酷にも彼女の名を告げる。形の良いくちびるが、慈しむようにその名前を模る。
聞き覚えのあるその名前の持ち主は、一学年下の、黒髪の美少女だった。頭が良くて、スポーツも出来て、透き通るような真っ白い肌の女の子。伊作だって喋ったことくらいはある。少し天然気味だけれど、人当たりの良い可愛い子だった。
学年中の男子が騒ぎ立てていた少女の顔が甦り、現実が矢のごとく伊作に突き刺さる。

勝てっこない。あんな可愛くて出来た子に、敵うわけない。僕なんかが勝てるわけがない。

最初から、伊作に勝算なんてなかった。残酷すぎる現実が、心をずたずたに引き裂いていく。
気を緩めたら涙が零れてしまいそうだった。声が震えなように、泣いてしまわないように、ぎゅっと拳を握って、顔に力をこめる。精いっぱい取り繕った笑顔で、おめでとうを贈る。

地獄の底に突き落とされたような心地でいっぱいの自分とは対照的に、幸せオーラを全身にまとった彼の笑顔が、伊作の心を更に抉った。

かさぶたを剥いたみたいに、心がひりひりと痛む。悲しい、悔しい、どうして。なによりも幼馴染のぬるま湯に浸かっていた自分の馬鹿さ加減に、ますます悲しみが押し寄せてくる。

いろんな気持ちが入り混じって、その晩は涙が止まらなかった。





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(中盤から)



遠まわしは伝わらないと判断して、今度はストレートに「泊めてよ。」と強請る。すると相当驚いたのか、留三郎は手にしていた荷物を派手に落としてしまった。

ガシャンッ、と嫌な音を立てて、伊作のバッグがコンクリートの上をバウンドする。もしかしたら、化粧ポーチに入れていた手鏡が割れたかもしれない。けれど、そんなことよりも、あからさまに動揺をにじませる留三郎の方が重要だった。
「ばっ! 馬鹿か! 出来るわけねーだろっ! 付き合い始めたばっかだってのに、その日のうちにいきなり泊められっかよ!」
下心しかないみたいじゃねぇか、と付け加えられた一言に弾かれたように顔を上げる。視界を独占したのは顔を真っ赤にして困ったような複雑な表情を浮かべた留三郎だった。
拒むというより狼狽えているようなその様子は、けして嫌がっているようには見えない。
心に火がついたように熱くなる。心臓が加速していく。

「…………そのつもりで、終電逃したって、言ったら……?」

恐々と、でも一縷の望みをかけて本音を暴露すると、留三郎の肩が大袈裟なほど揺れた。
赤い顔を更に真っ赤に染めた留三郎が、なにか言いたそうに口をパクパクと動かしているけれど、驚きが先行して言葉が出ないのか、はたまた返事に困っているのか、そこから言葉は出てこなかった。
留三郎の服の裾を摘み、お母さんの気を引く幼子のように引っ張る。

「留三郎と、一緒にいたい」

本心を口にした途端、目頭が熱くなり、あ、と思った時には涙が一滴零れ落ちた。コンクリートに不恰好な斑点を作る。
確信犯の犯行で終電を逃して、お泊りを強請るなんて。自分にこんなことができるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
留三郎はなんて言うだろうか。馬鹿言うな、と怒るだろうか。伊作のおねだりなど無視して、みんなのいる居酒屋に戻るだろうか。

返事を待つ時間は判決を待つ罪人のような気分でまったく生きた心地がしなかった。

「……なんもしない自信なんか、ねぇぞ」

ちゃんとわかっているのかと問われ、力いっぱいで頷く。
目の前の留三郎も、周りを彩る景色も、水彩画のように輪郭がぼやけ、はっきりとした表情は掴めない。けれど、突っぱねるような言い回しも、拒むような言葉も、伊作のことを一番に考えた優しさだということは十分に伝わってきた。



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(エロシーンから)


伊作が羞恥心に絡め取られて身動きが取れなかったとしたら、留三郎は目の前の欲求に抗えなかったのかもしれない。

うなじに口づけを一つ落とされたかと思えば、腕に、肩に、背中に、無防備に曝け出した部分に余すことなく留三郎のくちびるが触れ、降り注ぐキスにたまらなくなる。耳元で名を囁かれ、甘噛みされる。その都度、熱っぽい吐息が零れ落ち、じわじわと湧き上がってくるなにかに、たまらず首を左右に振る。

あんなに身を固くしていたはずなのに、留三郎が触れた部分から、溶けていくようだ。体から力が抜けていき、身を守るように胸元を隠していた腕も、わだかまっていた肩紐もするりと抜け落ちる。用無しになってしまったレースの下着は、彼の手によって部屋の片隅に放り投げられてしまった。



隠すものなんて何一つない、生まれたままの姿で抱き合って、口づけを交わす。

さすがに蛍光灯の明かりは落としてあるけれど、代わりに灯された間接照明の橙が逆にやらしい雰囲気を作っていて、裸の留三郎を直視できなかった。再び忙しなくなった心臓の音が、いやに大きく聞こえる。なんだか居た堪れないような、恥ずかしくて逃げ出したいような心地が広がり、そんな弱腰に負けまいと固い拳を作った。

近づく気配に反射で瞼を伏せると、触れるだけのキスをされる。そのまま頬っぺた、首筋、鎖骨と口づけを落とされ、それを追いかけるように、留三郎の手もまた肩やら背中やら脇腹をなぞっていく。確かな意図をもって這いまわるくちびるに、舌に、手のひらに、熱っぽい吐息が溢れ、その度に部屋の温度が一度ずつ上がるような錯覚を覚える。頭がくらくらとする。
不意打ちで胸の膨らみを揉まれ、びくりと肩が震えた。下から持ち上げるように触れる指先が尖りを掠め、噛み殺せなかった声が漏れる。

「……っあ…っ、」

常とは全く異なる色を持った声色は、甘い響きを携え無音の室内に溶けていく。恥ずかしい。こんな声、出したくない。そう思うのに、無遠慮に這いまわる手に、それは叶いそうもなかった。

滅多に人目の触れない膨らみは、腕や足と違い真白い。そこに、留三郎の無骨な指が伸び、無遠慮に鷲掴み、時折優しく撫で上げられた。ぷくりと腫れた先端に唇が落とされ、ちゅ、と軽く吸われたかと思えば、今度は甘く歯を立てられる。感じたことのない痺れが一瞬で全身を駆け巡り、腰がびくりと大きく跳ねてしまう。




(続きはがっつりえろすです)





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現パロ、幼馴染な留伊。
留三郎のことが忘れられない伊作と留三郎が 五年ぶりに再会、 衝動的に一夜を過ごすおはなしです。




2013/09/09