「僕って緩いのかなぁ…」

特に目立った委員会活動もない放課後は実に優雅なものだった。
これ幸いと、陽だまりが気持ちよくて長屋の廊下に寝転がって夢の世界へ片足を突っ込んでいたら伊作からこの言葉が出たのだ。

留三郎は首を捻った。

伊作の言ってる意味がわからない。
緩いって何だ、性格か?性格だと仮定するなら、頭に血の上りやすい自分よりも緩いのかもしれない。けど、緩いというより優しいって感じがする。
ていうか、緩いってどういう基準で、更に何処をどうしてそういう話になったんだ。
伊作は盆乗ったお茶と饅頭を留三郎の横に置く。そうして腰を下ろすと自分用の茶を啜った。

「考えても自分じゃわからないから聞いてみたんだけど」

教えてくれる?と話を振られれば無碍には出来ない。何と言っても相手とは同級生で同室で恋仲なのだ。
まぁ性格なんて自分で客観的に見るのは難しいもんなぁ。
体を起こすと自分の湯飲みに手をつけた。

「どっちかっつーと、緩いんじゃね?」

思ったことそのままに口に出せば伊作の表情がどんどんと曇っていく。徐々に眉間の皺も深くなって、手にしていた湯飲みを床にドンッと叩きつけた。
…ん?何か怒ってる?

「……本当にそう思ってんの?」
「え?」
「緩いって思ってるの?って聞いてるの!」

強い口調で、けれどどこか悲しげな声色に目の前がグルグルした。
やばい、拙い事言ったか。ドジで不運で忍者には到底向かない性格をしているけれど、それはそれ、忍びを志してこの学園に籍を置いているのだ。気分を害さない方がおかしいのかもしれない。

「わ、悪い。そういうつもりじゃ」
「じゃあ、どういうつもりだったのさ!」

留さん酷い、と呟いて伊作の背は丸まっていった。
そうしてついには伊作の双眸が潤み始めた。目尻に涙溜りが出来て、瞬きでもした瞬間に零れ落ちそうだった。
伊作を傷つけたという事実に胸が痛くなる。こんな顔させたかったわけじゃないのに。

「別に悪くないと思うぞ。忍びとしてはどうかと思うけど、人間的には伊作は立派だよ」

フォローは苦手なのでこれが精一杯。
それでも誤解されたままよりかはマシだと思って紡いだ言葉は伊作によって一喝された。

「なにいってんの?」

空気が凍るって、こういうことか?
冷たい伊作の視線が痛い、ものすごく痛い。そして、恐い。
過去にこなしてきたどんな危険な任務よりも、今目の前に居る伊作の方が何倍も恐いと思わず震えた。

「緩いって、肛門の話なんだけど」
「ぶっ!!!」

吹いた!茶吹いた!!
そっちの話か!
伽の話かっ!!

「ななななななな、な」

何言ってんですか!伊作さんっ!!
直接的過ぎる言い回し、明け透けな伊作の態度に動揺が隠せない。顔に熱が篭っていくのがわかった。
しかも此処は長屋の廊下だ。共有空間だ。誰が見てるか聞いてるのかもわからないのに、なんちゅうことを聞いてくるんだ!

「なんでそんな話になった!」
「んー、ずっとね考えてたんだー。留さんイクの遅いなぁって」

ゴンッ!
今度は床板に頭を打ちつけた。

そんな事考えてたのかっ!
つーか、そんなん考える余裕あったのかよっ!

…ぶっちゃけ「遅い」なんて面と向かって言われたら凹む。早いといわれても凹むけど、こっちはこっちで凹む。男のプライドが泣いた。

「ねえ、やっぱり具合がよくないの?」

話してる内容は酷く卑猥なのに、小首を傾げる動作は可愛らしくもあり、その落差に鼻血が出そうだ。
思わず鼻の頭を抓んでしまう。

「ちげーよ」
「じゃあなんで?」
「なんでって……」

あなたの悦がってる姿を一分一秒でも長く愛でていたいからです。ちょっとでも長くあなたの中にいたいからです。すごくすごく気持ちいいので死ぬほど我慢してるんです。だってあなたは一回しかさせてくれないじゃないですか。ケチめっ!
…とはさすがに言えない。

そして、流れてくる冷や汗も止められない。

「もしかして遅漏?」
「はぁああああああああああ!?」
「それなら気をつけたほうが良いよ。酷くなると勃起不全にもなるから…」

違う違う違う違う!俺は断じて遅漏じゃねぇっ!!

変な方向に解釈を始めた伊作の口からは原因と対処法が次から次へと飛び出てくる。
そうじゃない、そうじゃないんだって!

違うと何度言っても伊作の耳には届かず、その後延々と伊作先生の保健講座が続いた。…夕食の前まで、しかも廊下で。
終わった…。(ありとあらゆる意味で)



食堂に行けば、当然、文次郎と小平太にからかわれまくった。
おまけに仙蔵にはよくわからない小さな容器まで握らされた。

「その手の薬だ。…がんばれよ」

いかにも心配してます的な台詞だったけれど奴の肩は酷く揺れていた。
面白がってんじゃねぇっ!アホッ!!

「よかったねぇ、みんな心配してくれてるよ」

人の好い笑顔を浮かべている伊作がこの上なく憎かった。
誰のせいでこんな疑惑上がってると思ってんだよ、ふざけるなっ!

「後で覚えとけよ…」

なんとしてでもこの疑惑は晴らしてやる。
ひそかに逆襲を誓う留三郎だった。




俺の理性よ、死んでくれ






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2010/9/22




続くとしたら年齢指定なお話ですよね。




title:確かに恋だった



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