自分に対して、妥協した事は一度もなかった。
成績は常に一番、スポーツにだって意欲的に取り組んだし、しつけの一環だと習わされた華道も茶道も、そつなくこなして見せた。容姿だってそうだ。栄養バランスを考えた食事に体重管理、肌の手入れ、髪の手入れに至るまで、一切の妥協も手抜きもは許さなかった。
そう。常に完璧だった。ある一点を除けば。

溜息が零れる。
目の前にいるやたらと図体のでかい女に、プライドがずたずたに引き裂かれる思いだった。





仙蔵の元にメールが来たのは、数分前のことだった。
伊作とはたまに放課後に会っていた。それを言い出すのはたいがい伊作の方からで、連絡ツールはメールが殆ど。用件はといえば、勉強教えてと泣きつかれたり、くだらない話をするだけだったり、留三郎と会うまでの時間つぶしだったりと内容は様々だった。前回来たメールはちょうど一週間前で、何故だか添付画像に文次郎の寝顔が添えられていた事も思い出す。いただいた写真はきっちりSDカードに保存させてもらったけれど、どういう状況であれ寝ている文次郎の傍に誰かがいたというのは、ちょっとどころでなく腹立たしかった。もちろん、そんな事は口に出さないけれど。
今回もおふざけメールか、お誘いメール、どちらかだろうとあたりをつけて、メール画面を開くと、サッと目だけで文字を追う。今回は後者だった。お茶しようとストレートな誘い文句に、二つ返事でメールを送った。

そして駅前で落ち合った伊作の横には、知らない人間が突っ立っていた。人間というか。女というか。
伊作も仙蔵も、高校女子の平均身長あたりだった。しかしその女は高くも低くもないそれを、頭一つ分は軽く越している。その大きさに、目をぱしぱしとまたたかせた。

「…でかいな」

開口一番が、自己紹介でなくこれだった。そのくらい心底おどろいたのだ。

「ああ、バレーやってるんだ」

気を悪くしたら申し訳ないと思ったけれど、女は気にする様子もなく笑っていた。
なるほど、スポーツに本腰を入れてるなら、身長は一センチでも高い方がいいだろう。

「立花仙蔵だ」
「私は七松小平太だ」

よろしく!と勢いよく肩を叩かれ、吹っ飛んで倒れるかと思った。





どこか店に入ってもいいかと思ったが、どうせ近いから、と自宅に招き入れた。初対面の人間を自宅に呼ぶほど、社交的な性格ではないけれど、先日財布を落として一文無しになった伊作に、金を払ってお茶をさせるほど人でなしではない。

盆からティーカップを三つ、テーブルの上へと置く。ついでに茶菓子も忘れない。本日のおやつは、コンビニに行けば銀色の硬貨数枚で買える安物のクッキーだ。(普段はそこそこ値のはる和菓子とかを食べているが、今日は質より量だと判断した。)どうぞ、というが早い。勢いよく食べだす姿に、おやつもそうだが、安物のカップにしといて良かったと、心のそこから安堵する。壊されたらたまったもんじゃない。

盆を床に置くと、目の前の女を見る。七松小平太は、身に纏う制服やお団子にした髪の毛は、非常に「女の子」だったけれど、喋り方や所作がいちいちガサツで、女らしさの欠片もなかった。女らしい動作というものが、根っこの部分から抜けている気さえおこる。それは大和撫子な振る舞いを叩き込まれた仙蔵にとっては、天変地異でも起きたんじゃないかと思うくらいに信じがたいものだった。
――が、それとおなじくらい信じがたいものが、小平太には備わっていた。本当に女らしさがかけてるのに、そこだけがコートの上からでもわかるくらいに女を主張していたのだ。コートもブレザーも脱ぎ捨てた今では、更に破壊力を増している。

でかい、ものすっごくでかい。背もでかいがそれ以上に。

ぶかぶかのカーディガン越しにどーんと主張する胸に、「絶望」の二文字が心を真っ黒に塗りつぶした。



完璧な美少女を地で行く仙蔵にとって、唯一の汚点が一向に育たない胸だった。名誉のためにいうけれど、けしてまな板ではない。一応、下着を必要とするくらいには育っている。けれど、そんなもの服を着てしまえばさっぱりだった。夏場、薄いTシャツを羽織るだけの姿になっても、胸元は寂しいものだった。寝てしまえば更に心細いものになる。無論、谷間など存在しない。
そう。仙蔵の胸は微妙に小さかったのだ。
中学時代、胸がでかくなるならと、こっそりマッサージしたり、乳製品を取ってみたり、胸筋を鍛える運動も試したけれど、大きく育つ事はなかった。ついでに背も伸びなかった。
そのうち、胸ばっかりでかい女は馬鹿っぽく見える。と諦めたけれど、そんなのはしょせん負け犬の遠吠えだった。やっぱりないよりあるほうがいいだろうが!

「なに食べたら、そんなにでかく育つんだ…」

心の声が漏れていたらしい。
え?と伊作も小平太も小首をかしげている。

「バレーやったら伸びるぞ」
「仙蔵、背を伸ばしたいの?」
「そんなわけあるか!」

男女の理想の身長差は、十五センチ前後だときいたことがある。ちょうど今、文次郎との差がそのくらいなので、ここはキープしておきたい。というか、成長期終わってるんだから、これ以上伸びるわけないのだけれど。

身長じゃないなら何?と聞いてくる伊作に、頭が痛くなった。
伊作も小平太ほどじゃないにしても、ちゃんと女の子らしい形をしている。出るところは出ていて、しまるところはしまっている。骨と皮ばかりの自分とは違う、女なら誰でも憧れる体型そのものだった。
うらやましいと思う。これだけ食生活に気をつけていたのに、自分にはさっぱり肉がつかなかった。変なところについても困るけれど、あるべきところにはきちんと脂肪がついて欲しい。脂肪の塊だと思っても、欲しいものは欲しい!せめてもうワンサイズは大きくしたい。

都合がいいことに、目の前にいる二人はメロンかスイカ並にでかい乳を下げている。文献を漁るよりも、実際に育った人間に聞いたほうが早いんじゃないか?と瞬時にひらめいた。どんなものを食べて、どんな生活を送ったか。あそこまででかくしたいとは思わないけれど、成長が下降線を辿る前になんとかしたいと願っていただけに、学校生活でのかかわりが薄いこの取り合わせは、非常に好都合だった。

「背じゃなくて、胸の話だ」

服の上からでもわかるくらいの丸みは、どこぞのグラビアアイドルといい勝負だと思う。そこを指差すと、伊作はあからさまに頬を染めて恥ずかしがった。

「…ぼ、僕はそんなにないよ!」
「嘘つくな。少なくとも私よりはでかいじゃないか」

服の上からでもわかるくらいにでかいじゃないか、実際に。
皮肉も込めて、吐き捨てる。

「僕より小平太のほうが、ね?」

ヤバイと思ったのか、伊作が話の矛先を別方向に向けた。向けられた本人は空気の不味さに気づいてないようだった。がっついていたお菓子から手を離すと、何の話?と無邪気に笑っている。

「胸の話だよ。いま、何カップだっけ?」
「えーとなぁ…」

そこで出たサイズに、あごが外れるかと思った。ワールドカップでしか聞いたことのないようなアルファベット。そんなサイズの胸がこの世に存在してるのかと思うと、頭の横をでっかい金槌で殴られたときくらいの衝撃を受ける。(実際、殴られた事はないけれど、たぶんそのくらいの衝撃だ)
A、B、C、D…。指折り数えて、溜息が出る。片手じゃたりない。

「……何食べたら、そんなになるんだ…」

あまりのサイズの違いに、気が滅入りそうだった。




乙女的願望






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2010/10/22



以前、拍手で「三人のガールズトークを」とメッセージを頂いたので、ちょっとだけ書いてみました。
仙蔵の惜しみない努力をしたためてみました。



title:確かに恋だった



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