長こへ+文仙前提・文こへ
※色々未遂

下げておきます。


























「まぐわおう」

唐突に小平太の口から出た言葉に、手にしていた本を床に落としてしまった。




此処は長屋、文次郎と仙蔵の部屋だ。
そして今ここに居るのは文次郎と小平太だ。


仙蔵は陽が弱いうちから町へ出かけてしまって不在。何故か授業でもないのに小奇麗に化粧をしてめかしこんだ仙蔵は「夕刻まで帰らない」とだけ言い残して、伊作の手を引いて行ってしまった。
何故女装だ。何故伊作なんだ。その姿で夕刻まで何する気だ。
聞きたいことは山程あれど、それを口にするのは容易ではない。何といっても相手があの仙蔵だからだ。結局何もいえずに二人を見送ったのは一刻ほど前のことだった。

何もしていないのは落ち着かない。けれど鍛錬する気も沸かなくて、図書室から借りっぱなしだった本を手に取った。上級生になればなるほど座学よりも実践に重点を置く。文次郎自身も大人しく座って文字を追うことよりも、体を動かす方が好きだったのでこんな天気のいい日に読書に耽るのは実に久しぶりの事だった。そうして静かな一時を過ごしていたのに、そんなものは小平太の蹴り一発で崩れ去った。そう、蹴りだ。襖を蹴り破りやがった。

「おいっ!せめて手で開けろっ!」
「あー、すまんすまん」

謝る気があるのかないのかわからない物言いの小平太は外れた戸を戻そうともしない。しょうがないので本を一旦置いて障子が破れていないことを確認して鴨居に納めた。
小平太はと言えば、普段は仙蔵の布団が敷いてあるその辺りに腰を落ち着けて居座る気満々らしい。
もう一度本を手に取ってみたものの落ち着かない。

「何しに来たんだ」

二人で鍛錬に励む事はあっても、こんな風に静かに部屋で過ごす事はない。少なくとも二人きりで静かな時間を共有する事はまずなかった。
だから落ち着かないんだ…。
そう自分に言い聞かせて、いざ小平太を見ればその表情は苛立ちにも似た何かを含んでいた。機嫌は頗る悪そうだ。
黙っていたかと思えば徐に立ち上がり、何故か押入れに手を伸ばし、敷布を勝手に広げ始めてぎょっとした。

「おいっ。昼寝なら自分とこでやれ」

人の部屋で、人の布団で、勝手に昼寝をするな。厚かましい。
そう怒鳴れば神妙な顔をして奴は言った。

まぐわおう、と。




そして冒頭に戻る。

手にはもう本はない。
目の前には布団の上に鎮座する小平太。そして目をこれでもかと開いている自分のみ。
日はまだ高く、仙蔵はしばらく戻ってこないだろう。

「…なにいってんだ」
「聞こえなかったか?ならもう一回言ってやるぞ」

形のよい唇からはまた同じ言葉が発せられて頭がくらくらする。

「そういうのは、長次に頼め」

小平太と長次がそういう関係なのは薄々感ずいていた。特にそういった類の言葉を交わしているのを見たわけでもなければ、恋仲だと宣言された覚えもない。けれど、それとなく思っていたのだ。少なくとも小平太は長次に想いを寄せている。
ならば、と思った。
何故そういう対象に長次を入れない。どうして俺なんだ。ふざけるな。

「長次は私に触れないよ」

小平太は寂しげに俯いた。その声色が平素のそれと違い、そのギャップに思わず心臓が跳ねる。
速さを増す鼓動に、普段からは窺い知れないしおらしい姿に、目を離せなかった。

「…何言って」
「別にいいだろ。色の授業かなんかだと思えば」

そんな屁理屈を言われて、はいそうですか、ではやりましょう、なんてことは言えるはずもない。
日頃の鍛錬とは別次元の話に頷けるはずもなかった。押し黙ってしまえば沈黙が重い。それを破ったのは小平太の方だった。

「できるよ。仙ちゃんとした事ないだろ?」

溜まってるんだろ?とは言外で。
その一言に、文次郎は酷く動揺した。

文次郎と仙蔵だって、所謂恋仲だった。けれどそれはあくまでも形上のもので、実際にそれらしい事をした事は一度だってなかった。興味がなかったわけではないが、年よりも幼い細い線は服の上からだって見て取れて、強引に暴いて痛めつけるような真似など文次郎には出来なかった。
実際問題、年頃になれば嫌でも体は反応する。寝食を共にして常に傍に居るのに、全く手が出せない。それは蛇の生殺しに近く、文次郎だって苦悩する夜は何度だってあった。

「私の事は仙ちゃんだと思えば良いよ」

だからしよう、と背中に腕が回る。
目の前に居る男は妖艶な笑みを浮かべていて、すっかり停止した思考にこれ幸いと口付けまで落としてきた。
誰だ、こいつは。





啄ばむようだったそれもいつの間にか深く濃いものへと変わっていった。
舌と舌が絡み合って、口元までべとべとだ。それでもそんなのが気にならないくらい互いに貪り続けた。

仙蔵とだって口吸いをしたことがなかった。文次郎は仙蔵の感触も、味も、温かさも知らない。
仙蔵としたらどうなる?どんな反応を見せる?

舌を絡めて唇を軽くなぞれば熱い息を上げる小平太を見てそんな事を思った。

一頻り口腔内を暴いて一息吐いた。気がつけば小平太を床に押し倒していて、その上に馬乗りになっている自分が居て、まるで獣のようだ。
こいつは友だ、仲間だ。抱いてる感情だって友愛だ。なのに俺は何をしている?

「…もう一度聞く。何故長次じゃないんだ」

返答次第では容赦はしない。
すっかり煽られた体は逆戻りなんて出来そうもないけれど、これ以上は思春期のお遊びで許される程度のものではない。少なくとも互いに想い人が居るのだから。
早く口を割れ、と襟を掴んで軽く締め上げれば存外あっさりと口を開いた。

「抱きたくないといわれた」
「…は?」
「同じ事を長次にも言った。そしたらそう言われたんだ」

だから此処に来た。
長次なんてもう知らない、と口を尖らせてそっぽを向く小平太に唖然とした。

頭が真っ白になった。
つまりはアレか、当て馬か。拒んだ長次にイライラして、それをぶつける為だけに此処に来たのか。冗談じゃない。

「ふざけるな」
「別にふざけてない。私は本気だぞ」

それが証拠か、文次郎の手中に納まった小平太は大人しい。抵抗する気も更々ないと両の手を投げ出している。先刻の口吸いだけでも十分に熱を持った体にこの態度は酷く毒だ。従順な振る舞いに若い体は更に煽られる。
だめだ、だめだ。
そう思うのに、即物的な体は誘惑に勝てそうもない。下半身に集まる熱を自覚して、自然と襟を握る手に力が篭った。
好きなのは仙蔵だけなのに、今欲情しているのは眼下にいる友の姿だ。酷い矛盾に眩暈さえ覚える。

「俺が好きなのは仙蔵だ」
「知ってる。だけど私に興奮しただろう?」

そう言って握りこまれて、おもわず体から力が抜けた。
突っ伏すように倒れこめば、鼻先に小平太の耳が見える。

「もう勃ってる」

子供のように無邪気な声色で笑う小平太に頭がくらくらする。袴の上から撫でられれば更に力が抜ける。

色の授業も受けた。
その手の本だって見たことがある。
自分でした経験だってある。
けれど、人の手から与えられるそれはまた格別で、文次郎を思考を徐徐に蝕んでいった。

緩く撫で続ける小平太の手首を掴んで力尽くで床に縫い付けると、逆に小平太の帯紐を解いた。襟の合わせも乱して袴も強引に摺り下げてやれば形勢は逆転だ。露出した肌は腕や顔に比べて段違いに白く、妙に艶っぽく感じて思わず息を呑んでしまった。

なんてことはない、自分と同じような体だ。
女子のように柔らかさを持っているわけでも、膨らみがあるわけでもない。それ相応に筋肉だってついていて、どちらかといえば硬そうだ。ぺたんこな白い肌なのに何故かそこから目が放せなかった。

どのくらいそうしていたのか。
腹に乗っかったまま動きを見せない文次郎に痺れを切らしたらしい。見てるだけじゃなくて手も動かせよ、と強請られた。
そうして平らな胸に手を伸ばしたとき、スパーンと小気味よい音と共に薄暗い部屋に陽が射した。またしても戸が外れるんじゃないというほど音を立てた方角を見れば物凄い形相をした長次が立っていて、全身の血液が一気に下がったんじゃないかと思うほどの眩暈と冷や汗が出る。

「…なにしてる」

表情を見せない言葉とは裏腹に顔には不気味な笑みが張り付いていた。
何をしてるって、ナニをしてます。
身に纏うものが殆どなくなった小平太に跨る文次郎がそこにはいた。これで「遊んでました」などと小賢しい嘘が通用するはずもなく。
どうする!?どうしたらいい!?
突然の事に思考は混乱するばかりだった。
長次はそれ以上聞かずに、でも問答無用で部屋に侵入してくると、狼狽した文次郎の首根っこを掴んで小平太から引き摺り剥がす。尻餅をついた文次郎には目もくれず、装束を正すようにと、小平太を諭しているのが目の端に映った。それでも小平太は動かない。

「長次が悪い、悪いのは長次だ」

ただそれだけを呟いている。目の端には雫が溜まっていて、それが堰をきったように頬を濡らしていた。
事の発端は長次かもしれないが、一歩手前までいってしまったのは明らかに此方の非だ。馬鹿な小平太にうっかり流されてしまった。色に溺れかけた。
何と言っていいのかもわからず、文次郎も俯くしかなかった。何も言えなかった。

何か思うところがあったのか、長次は何も言わずに泣きじゃくる小平太を肩に担いで立ち去った。
小平太には悪かったが、長次の乱入に内心ホッとしていた。あのまま邪魔する輩が現れなかったら二人はどうなっていたか。越えてはいけない一線を優に飛び越えてたであろうと想像しておもわず頭を振った。




「面白いことになってたな」

降って湧いたその声にぎょっとする。声の主を見れば冷徹な笑みを浮かべていて背中に嫌な汗が滲むのがわかった。
目に映るのは綺麗な女性、の姿をした仙蔵だった。

「…いつから」

絞り出した声は震えていて滑稽だ。対照的に仙蔵は顔色一つ変えずにただ文次郎を眺めていた。

「長次が障子を開けたあたりだ」

お楽しみ中だったのに残念だったな、と付け加えられて。

見てた!見られてた!色々終わった!俺!!

言い訳できない状況を目撃された事実に酷く狼狽えた。
実際、欲情していたし、いけないと思いつつも手が伸びたのは事実だ。けれど、間違っても小平太を好きになったとかそういうわけではない。体の欲求に従っただけだ。けれど、それだって十分に浮気だろうと、頭の片隅で思えば反論の言葉なんて喉の奥に引っ込んでしまった。

「死ね」

冷たい言葉と共に、ドカッと鈍い音が室内に響く。
黙りを決め込んだ文次郎の背中に、仙蔵の懇親の一撃が入った。
手じゃない。足だ。しかも体重までかけて力いっぱい蹴りやがった!
突然の衝撃に一瞬息が出来なくなって、そのまま床に崩れ落ちた。視線だけを仙蔵に向ければ、徐にしゃがみこんで、おまけに顔まで伏せてしまって表情を窺い知る事は出来ない。

「私には出来なくて小平太には出来るのか」
「……それは」
「私より小平太が好きなのか」
「違う!」
「じゃあ何故…っ!」

私には手を出さなかった。
仙蔵の声は嗚咽が混じっていて、泣いている事は容易に想像できた。
大事だった。大切にしていた。なのに今、傷つけた。
自分が此処まで不甲斐ないと思ったことは今までにだってない。情けなくて溜息しか出てこなかった。

泣いている仙蔵に近づいて肩に腕を回す。一瞬、大きく揺れたが特に大きな抵抗も見せずに文次郎の胸に納まった。
白い項はまるで女子のようだけれど、抱いた肩は柔らかさを含まない。どんなに華奢に見せてもそれは男のものだ。それでも嫌悪感はない。むしろ愛しいとさえ思った自分は相当重傷だ。

「…大事にしたかったんだよ」

なのにこんな風に感情を露にされたら、おさまるものもおさまらない。煽られる一方だ。
仙蔵を引っ張って広げられたままになっていた布団の上で組み敷いてしまえば理性なんてものはもう存在しない。

「もう、とまんねーからな」

ぶっきらぼうな言葉と共に、初めての口付けを落とした。





浮気のボーダーラインを上げろ!






****************
2010/9/23




title:確かに恋だった



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