※ 注意 ※



このおはなしの留伊です。



伊作がにょたです
結構遊んでいます
不倫してました



食満くく要素があります
留三郎は一途ですが、やってることは最低です
一番報われてないのは多分久々知です
(存在は匂わせる程度ですが)


結果として、報われません
後味は良くないです





上記を読んで「よし! 大丈夫!」と思える方のみ、
スクロールでお進みください
無理だと思った方は逃げてください











は、と吐き出した息が真っ白かった。じんわりと身にしみる寒さに、もう冬なんだなあ。と留三郎は空を仰ぐ。
飲み込まれそうなほどの闇だった。そこから視線を外すと、すぐ角に見える自宅、自分の部屋の窓にほのかに明かりがさしてるのが見え、先程とは違う重苦しい息が零れた。

家主不在の部屋に堂々と入りこんで、悠々とくつろぐ人間なんて、一人しか思い浮かばない。

玄関をくぐると、予想通りの女物の靴が目に飛び込んできて、やっぱり。と、痛みを訴えるこめかみを押さえた。

お隣さんで、どうしようもないくらい不運でどじで、でもどこか放っておけない可愛いあの子。男関係はめっぽうだらしないけれど、焦がれてたまらない幼馴染だ。

「………、伊作、」

それは愛しい人の名前なのに、紡いだ声色はどこか冷たさを帯びていた。







涙で顔を汚す伊作に、告白をしたのは、一週間前のことだった。

「留三郎が、彼氏ならよかったのに、」

何度目か知れない失恋、しかも不倫の末の破局に涙する彼女が零した一言に、色んなものが崩れていく音がした。

今まで築いてきた幼馴染としての信頼、友達としての地位。自分だけに弱みや涙を見せてくれる、そんな優越感。それら全部を投げ捨てるつもりも、壊すつもりもなかった。今までの関係を崩すつもりなんて全くなかった。けれど。

「なら、付き合おうか」

自分を取り巻くあれこれや体裁を考えるよりも、言葉の方が先に口から滑り落ちていた。

ぎゅうっと布団ごと、伊作を抱きしめる。気がつけば、唇まで奪っていた。涙で瞳を濡らした伊作が、「…もう、かえる。」と言い出すまで、分厚い布団越しに、小さな彼女をずうっと抱きしめていた。

留三郎の行動に、伊作が嫌がるそぶりはなかった。けれど、いいとも言わなかった。


一世一代の告白のつもりだった。零れるように落ちた言葉だったけれど、ずっとずっと、あたためてきた大切な気持ちだった。後悔は、ない。けれど、受け入れてもらえない、突っぱねられもしない現状は、想像以上に心に堪え、蟻地獄に嵌ったような心地でいっぱいになる。
恋に夢見る年頃でもないし、現実もわかっていたつもりだった。けれど、それは大きな間違いだったのかもしれない。青春の甘酸っぱさや甘やかさなんてひとかけらも存在しかなかった告白劇は、ただただ留三郎を苦しめるばかりだった。







俺って神様に嫌われてんのかなあ、と伊作の靴を前に、情けなくもその場にへたり込みそうになる。
ぺちぺちと頬を叩いて気合を入れると、意を決して、階段を上がる。扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、やっぱり予想通りの人物だった。

「……おい、伊作、」
「あ、留三郎。おかえりなさい」

語尾にハートマークでもつきそうなお迎えの挨拶に、条件反射でうっかり「ただいま。」と言ってしまった自分を呪う。

そうじゃない! そうじゃなくて!

性懲りもなく、人のベッドを占拠する伊作に、言ってやりたいことは、いくらだってあった。勝手に部屋上がってんじゃねえよ。とか、人のベッドでくつろぐな。とか。どうしようもない幼馴染に向ける説教は、ぽこぽこ湧き上がってくるのに、それ以上に、冬に近づいてるとはおよそ思えない薄着の伊作に、そんな言葉たちはどこかへすっ飛んでいってしまった。
襟ぐりから胸が覗けてしまいそうな大きめのTシャツ。その裾からするりと伸びるのは、ほど良く肉のついた伊作の生足だ。
一瞬なにも穿いてないのかと思い、持っていたスポーツバックを落っことすほど焦ったけれど、よくよくみればデニムのショートパンツが僅かに見えて、安心したような残念なようなよくわからない気持ちがぐるぐると込み上げてくる。

勝手知ったる他人の部屋で、大いにくつろぐ伊作が手にしているのは、一昨日発売の週刊誌だった。手元にあるのは今週号だけれど、ベッドの脇にはその前の週と、更にその前のものが出ている。それは紛れもなくクローゼットに仕舞っていた分で、え? と、疑問符が浮かぶ。

「前のが気になっちゃって」

ごめんね。と言う伊作は相変わらず寝そべったままで、ちっとも申し訳なさなんて感じられなかった。と、いうか。

「おま…っ! 勝手に開けてんじゃねえよ!」

今週号に関しては部屋に適当に放っておいた物だから、まあ百歩譲って良しとしよう。けれど、人のクローゼットを勝手に開けるとはどういう了見か!雑誌の類は処分が楽なように、一番手前に積み上げていたとはいえ、中には絶対に見られたくないあれとかこれとかそれだってあるわけで! 俺だって、男なわけで!
思わず荒い口調になる俺に臆することなく、視線はひたすら漫画を追いながら、伊作がさらりと言う。

「大丈夫。心配しなくても、右奥の段ボールと、本棚の二段目と、タンスの一番上だけはのぞかないから」

安心してね。と笑う伊作が、いっそ憎憎しい。

なんで知ってんだよ!
うっかり喉元まででかかった言葉を、寸でのところでぐっと飲みこむ。

正直、口で勝てるとも思わないし、伊作にこれ以上言っても無駄なことは経験上わかっているので、諦めて制服のネクタイを緩める。シュルリ、と音を立てて襟から抜く。さすがに伊作の前で着替えるのはどうかと思い、ブレザーだけを脱ぎ、ベッドに腰を落ち着けた。

「……つーか、なんでいるんだよ」

はあ、とため息を吐く。
以前と全く変わらない態度で部屋に居座る伊作に、ますますやるせない気持ちになった。







付き合おうと言った。抱きしめた。キスまでした。一世一代の告白のつもりだった。なのに、返事もよこさないまま、無防備過ぎる格好で出迎える伊作に、言葉にしなくても全く男として全く意識されていないんだと思い知らされ、心根がずきずきと軋むばかりだ。
きっとあの告白だって、人のいい幼馴染からの慰めだと思ってるに違いない。キスだってその延長で、俺にとっては重大だったそれは、伊作にとっては蚊に刺された程度だったんだろう。ひどい温度差に、腹の底が重くなる。吐き出す息も、心なしか重くなる。
そんなこちらの想いとは裏腹に、ベッドでごろごろしつつ、小首をかしげる伊作に、かっと頬が熱くなった。

「えへへ、奥さんみたいでしょ?」

嬉しい? と、小首をかしげる仕草が、悔しいけれど可愛かった。
よこしまな気持ちがぶくぶくと育ち、うっかり押し倒してしまいたい衝動が湧き上がって、慌てて伊作から視線を逸らした。やるせなさと腹立たしさが、ない交ぜになっていたはずなのに、欲望に忠実すぎる己に笑うしかない。
動揺を悟られたくなくて、とってつけたように「嬉しくねーよ。」と零す。引き出した声は、情けなくも上擦っていた。伊作はこっちの想いを見透かしたように「素直じゃないんだから。」と笑った。

まっさらな幼子のように笑う姿は、ひどく無邪気だった。
一点の穢れもない清潔そうな笑顔なのに、この四年間、男を切らしたことがないと言うのだから、人間見目ではわからないなあと思う。






留三郎が伊作への恋心を自覚したのと、恋に破れたのは、ほぼ同時だった。

忘れもしない、中学二年の冬。
「お付き合いしてる人がいるの。」
柔そうなほっぺたを桜色に染めて、嬉しそうに目を細める伊作に、絶望のどん底に突き落とされたあの心地は、今でも忘れられない。
幼馴染で、兄妹当然に育ってきて、いつも隣にいるのが当たり前だった。当たり前すぎて、自分の気持ちにすら気がついていなかった。どれだけ馬鹿なんだろう。もう手が届かないとわかった瞬間、俺はこいつが好きだったのか。と両手を挙げて降参した。


伊作に初めての彼氏が出来た時、少し自暴自棄になっていたと思う。はっきりと意識した恋心は思いのほか深いもので、失ったものの大きさや、心のやり場のなさに、酷く戸惑ったことをよく覚えている。心が痛くてたまらなかった。留三郎の気持ちに雀の涙ほども気づいてない伊作は、毎日彼氏とのやり取りを報告してくるし、壊れた恋を抱えたまま誰にも言えなくて、毎日が針のむしろだった。

そんな時だった。

「先輩が、好きです。」
放課後の裏庭という、べたべたすぎるシチュエーションで、留三郎は人生初の告白を受けた。
相手は一個下の才女。学年トップの成績を誇る美少女で、真白な肌は透き通るというよりかは、いっそ人間味が感じられず、まるで人形のようだった。なのに、零れ落ちそうな大きな瞳は力強く、まっすぐ射抜く強い視線に、正直少しびびってしまうほどだった。

「返事をください」

全くぶれない目線。その意志の強さに、感嘆さえ零れる。

奔放な伊作とはまた違う可愛さだった。いや、いっそ綺麗だといった方がいい。
クラスメイトが「かわいいかわいい」と騒いでいたのを思い出す。ああ、確かに十人いたら十人が振り返りそうだな、と頭の片隅で思った。けれど、その美少女を手の届きそうな距離で眺めても、悲しいくらいにときめかなかった。
つやつやと流れる黒髪は、ふわふわの伊作の髪とはまったくの別物だった。真っ白すぎる肌も、強すぎる瞳の色も、彼女を造形する全てが伊作とは正反対で、いま好きかどうかと聞かれても答えはノーだった。けれど、もしかしたら。この誰しもが憧れる美少女が相手だったら、好きになれるかもしれない。自分の中のほとんどを占める伊作を、忘れることが出来るかもしれない。

湧き上がった一つの可能性。その、ほんの一握りにかけて、留三郎は答えを出した。

「……わかった、」

付き合おう。
それがどれだけ馬鹿な選択だったか。そんなこともわからないほど、自分しか見えていない子供だった。



小さなコミュニティでは、噂話はあっという間に広がる。学年一の才女が相手となればそれは大津波の勢いで、当然のように翌日には伊作の耳にも入っていた。

「彼女、できたんだって? おめでとう」

ぱちぱちと手を叩いて、とびっきりの笑顔でお祝いしてくれる伊作に、腹の辺りが真っ黒に染まる。胸の辺りがちくちくと痛み出す。

伊作の反応は至極当たり前のもので、自分だって伊作に「おめでとう。」を送ったくせに、自分勝手にも伊作の態度に少しも「寂しい。」が混じってないことがとにかく悲しくて仕方なかった。

あれから、四年。付き合っていればそのうち好きになるかもしれない。なんてのは、やっぱりただの絵空事だった。
糸を張ったように完璧すぎる彼女を演じていた後輩も、時を経て、変人と紙一重の天然っぷりをみせてくれるようになったし、時折見せてくれる笑顔は純粋に可愛いとは思う。嫌いではない。けれど、どう繕っても可愛い妹以上には見れなかった。
最低だった。けれど、もっと最低なのは、それでも別れを切り出せていない事実だった。

その上、未だに伊作が諦めきれていない。



恋に気づいて、失恋して。別の恋に追い縋った。それでも諦め切れなくて、四年越しの告白をして。なのに、それすらなかったことにされている。
今まで溜めてきた想いが、走馬灯のように駆け巡る。どうして、こんなにも好きなんだろう。男としてみてもらえない。告白を、告白とも受け取ってもらえない。望みなんてひと欠片もないのに、なんて馬鹿なんだろう。そう思った瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

「………お前、もう部屋来んな」

予想以上の低い声に、部屋の空気が一瞬で変わる。気安い空気が、一気に冷える。
様子の変わった留三郎に伊作も異変を感じたのか、あれほど熱中していた週刊誌から手を放すと、緩慢な動作で起き上がった。

「勝手にクローゼット開けたこと、怒ってるの? それなら謝るよ。もうしないってば」

そんなに怒らないでよ、と伊作が眉尻を下げて、控えめに裾を引っ張る。その細い指が視界に入り、カッと血がのぼった。

「そういう問題じゃねえ!」

己の袖を引く指を振り払うように手を上げ伊作を突っぱねると、その肩がびくりと大袈裟なほどに揺れた。そのまま、伊作の手首を一纏めに捕まえると、柔らかなベッドへと縫い付ける。覆いかぶさるように乗り上げると、ギッ、とスプリングが音を立てて歪んだ。



己の腕の下に、伊作がいる。馬乗りで見下げた光景は、夢にまで見たものなのに、ちっとも嬉しくなかった。ちらりと伊作を一瞥する。突然の行動に目をぱちぱちとはためかせているけれど、そこに怯える様子など全くない。「急に痛いじゃない。」と、文句は出てくるものの、怖がる素振りは微塵も感じられなかった。腹の底が、どす黒くてべたべたした感情に塗れていく。

「……俺だって、」
「え、」
「俺だって、男なんだよ!」

吐き捨てるように怒鳴りつけた瞬間、ただでさえ大きな瞳が更に大きく開かれ、ようやく、ほんの少しだけ怯えの色が混じった。

「ちょ……っ、とめさぶろっ」

制止の声を無視して、無防備な首筋に噛みついてやる。そこまでしたところでやっと身の危険を感じたのか、伊作が逃れるように大きく身を捩った。
拒むように、己を守るように、伊作の抵抗が大きくなっていく。
やめて、と大きく弧を描いて伊作の手のひらが留三郎を襲った。パチンッ! と乾いた音が響く。叩かれた頬が熱を帯びる。けれど、悲鳴を上げる心に比べたら、蚊に刺された程度のもので、痛くもかゆくもなかった。

全く、なにを今更、と思う。片手で簡単にねじ伏せられてしまうくらい弱いくせに、自分に対してまるで危機感がなかった伊作に、呆れまじりの笑いがこみあげる。

こいつは知らないし、わかろうともしなかった。こっちがどれだけ伊作に焦がれてきたか、ちらつく男の陰にどれだけ焼け付くような心地を味わってきたか。どんな気持ちで好きだと告げたのか。

どれだけ願おうと真逆を向いてばかりのベクトルに絶望する日々も、告白を告白ともとってもらえない情けなさも、もうごめんだった。
幼馴染の地位に戻れなくてもいい。これから先も、こんな気持を味わい続けるなら、もういっそ自分の手で壊してしまった方が楽に決まっている。それほどに今が苦しくて仕方なかった。

瞼が熱くなる。積み上げてきた気持ちが根っこの方から崩される。気がつけば伊作をきつくきつく抱きしめていた。

「…………好きだ、」
「とめ、」
「ずっと、好きだった……」

お前だけを見てた。もうずっと前から好きだった。好きで好きでたまらなくて、大切にあっためてきた、大事な恋だった。

今度こそ届いてほしい。わかってほしい。どんな答えであっても、きちんとした返事が欲しい。その一心で気持ちを綴る。
くっついた先から溶けて、ぐずぐずになって、二人が一つになったらいいのに。そしたら自分の抱えてきたものも、伊作に対する恋慕も、余すことなく伝えられるのに。おもちゃ箱をひっくり返したようにぐちゃぐちゃになった頭で、そんな馬鹿なことばかり考える。

どのくらいそうしていたのか、腕の中の伊作はいつの間にかおとなしくなっていた。

「………………彼女、いるじゃない」
「…………」
「彼女いるくせに、いい加減なこと言わないで」

突き放すような一言だった。確かに伊作の立場からすれば、そう見えるかもしれない。けれど、自分だって他人の亭主に手ぇ出してただろうが。今更がまっとうなことが言えた義理か。そんな最低な文句が喉元まで這い上がってくる。けれど、そんなものは突然涙を浮かべ始めた伊作にかき消され、声になる前に泡のごとく散っていった。

湧き上がった滴が涙となって、伊作の眦から零れる。それは幾重にも筋を描いて、シーツへと吸い込まれていった。

なんで。どうして伊作が泣くんだ。泣くとこなんて、どこにもなかっただろう。

怒るとか、呆れるとか、賺されるとか。そういう態度を取られる心構えはある程度できていたけれど、これは完全に想定外だった。予想を大きくそれる伊作の反応に、頭が真っ白になって、なんで、どうしてばかりが脳裏を駆け巡る。

「……大事にしてるくせに、四年も付き合ってるくせに、別れる気なんてない癖に、馬鹿なこと言わないで!」

伊作の言葉が矢のように突き刺さり、波紋のごとく、心にざわざわと波を立てる。

受け入れてもらえないんだから、逃げ道を探すのは当然じゃないか。そっちこそ、間髪入れずに男をとっかえひっかえして、つけ入る隙すら与えてくれなかったじゃないか。いつも年上ばっかりと付き合いやがって、言外に「お子様はご免だ」と突きつけて、なのに、無防備に部屋に上がりこんで。俺のことなんか男として見てなかったくせに。

情けないほど後ろ向きな言い訳ばかりが己を取り巻く。けれど、伝えたいのはそんなことじゃない。
溢れそうな真っ黒い感情を飲み込むと、「あいつのことは、好きじゃない。」と告げる。

「今も昔も、俺が好きなのは、伊作だけだ」

今度は真っ直ぐに、目を見つめて。
途端に涙腺が壊れた伊作の腕が、首に巻き付いてくる。

「どうして今更言うの……っ」

僕は、お前に好いてもらえるような、綺麗な子じゃない。そんな資格なんてない。

そう訴える伊作は痛々しいほどに震えていた。その背を撫ぜながら、宥めるように好きの二文字を連ねる。様子一つ取っても、言葉の端々からも、伊作から伝わるのは否定でないのに、その度に返ってくるのは「もう遅い。」ばかりだ。
確かに同じベクトルを向いてるはずなのに一向に噛みあわない歯車に、どうしてもっと早くに伝えなかったんだろう。そんな後悔に押しつぶされる心地だった。









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2012/10/22






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