piccoのぴこさまからお誕生日のプレゼントをいただきました**
(ありがとうございます!)




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ずっと恋をしている




もうずっと、恋をしている。
幼なじみの小平太に。





「あー、ムシムシする!」
「梅雨だからな」

ポニーテールに括った長い髪を、小平太は鬱陶しそうにかきあげた。細いうなじがちらりと見えて、コロンでもつけているのか、甘い匂いが長次の鼻孔をくすぐる。
6月。梅雨の名にふさわしく、今週の天気予報は傘マークか曇りマークが並んでいた。雨と夏のはじめの気温が混じり、息苦しい程の湿度が地表を覆っている。
衣替えの調整時期でもあるこの季節、女子は中間服のブラウスとカーディガンから夏のセーラー服へと変わる。暑いからとさっそく夏服を纏った小平太は、藍色がかった髪と白い制服のコントラストがよく映えて、短く裾を上げた紺色のプリーツスカートから、健康的な細い足がスラリとのびていた。
二人一緒の学校からの帰り道。眩しい姿に魅入ってしまわないよう、長次は視線を横に逸らした。

「でも、今日は雨止んでよかったな」
「そうだな」
「しかし暑い…、あ!長次、アイス食べようアイス!」

いきなり腕をつかまれ、コンビニへと連れ込まれる。
冷房が効いた店内の空気は、じめじめと湿った外に比べると幾分呼吸がしやすく、汗の浮かんでいた肌を冷やして思わずホッと息をついた。
一目散にアイスのコーナーに向かっていた小平太は、途中、雑誌コーナーの前で足を止めた。

「やった!続きでてる!ちょっと見ていいか?」

視線の先にあるのは、週間ベースで発売される少年誌だ。長次が頷いて返事をすれば、彼女は荷物を床に置いて雑誌の立ち読みを始めた。
長次は一人冷凍庫に向かい、小平太の分もアイスを選ぶ。レジでお金を払って彼女の後ろに立った。小平太はまだ漫画に夢中だ。

「小平太」
「なんだ?」
「…カリカリくん、マンゴー味でいいか」
「そうだった!長次すごい!何で私が食べたいものがわかるんだ?ちょっと待ってくれ、お金…」
「いい」
「じゃあ、今度は私が何か奢るな」

こくりと長次が頷けば、ちょうど読み終わったところだったのか、小平太が雑誌を置いて荷物を持った。
自動ドアをくぐって蒸し暑い外に戻る。破ったアイスのパッケージは外に備え付けのゴミ箱に放り込んだ。
二人で棒つきアイスを食べながら、向かうのは同じ方角。自宅のあるマンションだ。

「長次はさ、凄いよな」
「?」
「だって、私以上に私の事知ってる。さっきのアイスだけじゃなくて」
「そんなことは…」
「あるって!私がしたいこと、ほしいもの、好きなもの、何でも知ってるだろう?ほんと凄い」
「…」

それは、幼い頃からお前と共に在り、ずっと焦がれているからだ、などとは、口が裂けても言えない。
言うつもりもなかった。言ってしまえば、幼なじみというこの関係が壊れてしまう。
ごく自然に彼女の側に居られる特等席を、自ら手放すつもりなど、長次には毛頭無かった。
横に並んで歩きながら、アイスを食べる小平太を盗み見る。
キラキラと輝く太陽の様に、あるいは吹き抜ける疾風のように、時には一面に咲き誇る花の様に、長次にとって、小平太は小さい頃からただひたすら眩しい存在だ。
ずっと彼女を見続け、惹かれ続け、しかしそれを口に出すことはないまま。今ではもう高校生だ。
感慨にふけっていれば、話し続ける小平太の声に否応なく現実へと引き戻された。

「そんでさー、最近みんな、誰が好きだの、誰と付き合ってるだの、そういう話ばっかりでさ」

黙っていても返事をせずとも、小平太は一人で勝手によくしゃべる。いつもの事だ。
しかし、これは一体何の話か。

「私も考えたんだが、みんなみたいにレンアイってのがしてみたくて」

ん?何を言ってる?

ペラペラとまくし立てる話の内容についていけず、長次は顔をしかめた。
話の流れが、なんだか、不穏な方向に転がっていないだろうか。

「だからな、長次、私とつきあってくれ!」

ぼとり。
溶けたアイスの塊が、アスファルトに落ちた。
あー、もったいない!と叫んだ小平太は既にアイスを食べ終わっている。
長次は、ほぼ作業の様にして残りのアイスを口に入れて飲みこんだ。

いま、彼女は何を言った?
夢を見ているのか?
はたまた幻聴か?

「で?返事は?つきあってくれるか?」

長次を混乱のるつぼに突き落とした犯人は、目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。まるで、プレゼントを貰って包みを開けていいかと訊いてくる子どものようだ。
長次はしばらく固まったあと、深い深いため息をついた。
危ない。一瞬、勘違いしそうになった。
これは告白などではない。幼い頃、小平太はいろんな悪戯を思いついては、一緒にやってみようと持ちかけてきた。今、彼女の瞳に浮かぶのはその時と全く同じ、面白い事をしてみたいという、溢れんばかりの好奇心だ。
こちらの気持ちなど全く知らないで。
いろんなものを飲み込みながら、長次はようやく口を開いた。

「つきあうとか、そういうのは、ちゃんと、好きになった男に言え」
「うん、だから!」
「だから?」
「だから長次とつきあいたい!私、長次好きだし!」

わかってない。
ぜったいにわかってない。
長次は再びため息をついた。
無邪気なまでの小平太がいっそ恨めしくなる。

「あれ?長次は嫌か?もしかして彼女いる?」
「…それはお前がよく知ってるだろう」

始終、家でも学校でも一緒にいる、幼なじみの関係だ。自分に彼女がいないことなんてわかっているくせに。

「だよなー!そんで長次、私の事好きだよな!私も好きだ!」
「…」
「彼女にしてくれ!」

冗談にしか聞こえない、想いを寄せている相手からの懇願。
長次は黙ったまま、小平太の手からアイスの棒をそっと取り上げた。

「捨ててくる」
「あ、悪い」

そのまま自分の分もあわせ、丁度さしかかった公園に入って、ごみ箱に捨てる。冷静な態度とは裏腹に、頭の中は嵐が渦巻いていた。
イエスと言った場合、ノーと応えた場合の、様々な可能性をシュミレーションする。
フットワークの軽い彼女の事。ここで付き合わないなどと言おうものなら、じゃあ文次郎か留三郎に声をかけてみよう、などと言いだしかねない。さっぱりきっぱりした性格から、彼女は同性の友人と同じくらい、仲の良い男子も相当数いた。
小平太が他の男と並んで歩く想像など、したくもない。
そんな思いをするくらいなら。
長次は公園を出て再び彼女の元に戻ると、一言だけ応えた。

「わかった」
「へ?」
「さっきの…その、」

花が開くように小平太の顔がぱぁと明るく輝く。反射的に、ああ、かわいい等と思ってしまう自分が恨めしい。

「やった!じゃあ、今から長次と私、コイビトだな!」

ばんばんと背中を叩いてくる彼女の力は強くて、思わずむせそうになる。
嬉しいはずの状況を、全く喜べない、この空しさ。
長次は密かに、今日何度目かになる溜息をついた。





*





「長次!おはよー!!」

挨拶と同時に後ろからタックルされて、倒れそうになるのを寸前で踏みとどまる。
翌朝。マンション1Fのエントランスで飛びついてきた小平太に、長次は努めて普段通りにおはようと返した。
長次と小平太は同じマンションの隣同士。中学までは、中々起きてこない彼女を隣に起こしに行ったりしていたものだが、高校に入ってからはさすがに誘わなくなった。すると今度は小平太が自主的に出てくるようになった。大体が居住階のエレベーター前か、1Fのエントランスで一緒になることが多い。長次はエレベーターを使うが、小平太は階段をもの凄いスピードで駆け下りてくる。
そんなわけで、高校生になってからもこれまでと変わらない一緒の登校が続いていた。

「えっと、こっちか」

何が?と長次が問い返す間もなく、小平太は鞄を持っていない右側に並んだ。
ひょいと腕を絡め、ぴったり身体を寄せてくる。

いや、ちょっと、まってくれ

いきなりの行動に、体内の血液が、一瞬にして沸騰した。
元々スキンシップが大好きな彼女は、普段から気まぐれに手くらいなら繋いでくる。もちろん長次からその手を放す事などしたことがないが、これは、ちょっとどうだろか。
なによりも彼女の、柔らかい身体が。
ありていに言えば、その、豊かな胸が、腕に、密着している。
朝からこれはない、というか、困る、自分が。
長次は立ち止まると、そっと小平太の腕を外した。幸いマンションの敷地内なので、誰にも見られていない。

「えー!なんだよー!」
「朝だし、人目があって、恥ずかしいから」

手を繋いで登校する猛者たちはいるにはいるが、やはり他の生徒達に注目されるのは遠慮したい。

「そうか、長次がそう言うならしかたないな。人目がなければいいか?」
「……また、今度」
「わかった!」

絶対わかっていないような元気な返事をして、小平太が笑顔を浮かべる。
朝日に反射するその笑みが、かわいらしい反面、どこか空恐ろしく感じたのは何故だろうか。


予感は的中した。
小平太からの過剰なスキンシップが、その日から幾度となく繰り返されることになったのだ。
朝は必ず飛びついてきて、人目が無ければ手を繋ごうとするか、より密着して腕を組もうとする。
放課後は、一緒に帰る頻度が1週間の内2日ほどだったものが、連日に替わった。
家でも夕食までに時間がある時は、部屋に飛び込んできて、人のベッドに寝転がって寛ろぐ。スペースを空けて、ほら、長次も、と言いながらポンポンとベッドを叩いて誘う。そんな小平太に、読みたい本があるから、とか、勉強中だとか理由をつけて、首をふるのにも労力がいった。
距離を縮められる度、触れられる度に、心臓はバクバクと音を立て、それを悟られぬよう必死に隠さなければならず、身体に悪い事この上ない。
二人きりになれば、必ず行われるボディタッチ。学校でも家でも、やたらと増えたスキンシップの頻度。
過度にくっつくのはやめるようにとやんわり頼んでも、つきあってるんだからこれくらい普通だと、全く取り合ってもらえない。
抱き返したい、触りたい、押し倒したい、キスをしたい
瞬間瞬間、火が着くように衝動が湧き上がり、その度に自分を宥めるのに、どれだけの忍耐を必要としているか。
自重の自もない小悪魔に、長次はひたすら困り果てるばかりだった。





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