ワンクッションという名の注意書き。


これの続きです
※にょたパロです
※高校生設定です








































「善法寺ってさ、かわいくね?」

なんでもないいつもと同じはずの昼休みは、クラスメイトの放ったその一言でがらっと変わってしまった。その変化は、静かな湖面に広がった波紋のように、周りへと伝染していく。一人が呟いたその言葉に、「俺も思った」と、そこかしこから声があがり始める。その反応に俺は気が気じゃなかった。



きっかけは、ほんの一時間前のこと。四時限目の体育での出来事だった。
数チームに分かれてフットサルをミニゲームをした際、善法寺がめがねを壊したのだ。善法寺はキーパーでもないのに顔面でボールを受け止めたらしく、普段顔を覆っている黒ぶちのめがねは見るも無残な状態だった。あまりの惨劇に、壊した本人よりもこっちの方がうろたえてしまったくらいだ。だって、まだ授業は残っている。午後には古典と数学が待ってるのだ。

「黒板見えなかったら言えよ」

なんなら代わりにノートを取ってもいい。普段はまともに授業を聞いてるかも怪しいのに、そんなことまで思ってしまう。なのに、彼女から返ってきたのは、
「裸眼でも見えるから、問題ないよ」
という一言だった。
じゃあ、なんでめがねしてんだよ!なんて言葉は、みっともないから飲み込んでおいた。


そう。彼女は普段、めがねをしている。いかにも冴えないガリ勉めがねを愛用しているのだ。そんな彼女は当然クラスの中に埋没する十把一絡げの目立たない存在で、俺も隣の席になるまで名前と顔が一致しないくらいだった。

地味で、周りに合わせてニコニコしている特徴のない女子。というのが、最初の印象だった。
実際、ちょっとまぬけだなぁ、と思うところがある以外は、目につく所がなかった。地味というか、目立たないというか、存在感が薄いというか。どこにでもいるような子で、どちらかというと垢抜けない彼女は、化粧をし始めた女子の中で完全に埋もれてしまっていた。

そんな彼女が、本日素顔をさらしたのだ。普段はめがねに守られている小さな顔は、びっくりするくらい整っていて、「あれ誰?」とクラスのそこかしこで声があがる。劇的ビフォーアフターに、「少女漫画のヒロインかよ!」とツッコミを入れたのは一人や二人ではなかった。
相変わらず化粧っ気はないけれど、小細工しなくても長さのあるまつげや大きな瞳はインパクトがある。膝丈を守っているスカートが、清純派という言葉を更に際立たせていた。

「やべ、ちょっと好みかも」
「おとなしいのも、奥ゆかしくて可愛いよな」

やべーよ、と周りの男どもは盛り上がっている。
ばっちり化粧を施した女子の中で、突如現れたすっぴん美人の存在は、まさしく砂漠のオアシスそのものだった。

これはまずい。
つうっと背中に汗が伝った。

今の今まで、全く危機感を感じなかったといったら嘘になる。けれど、ここまで切羽詰った気持ちになったことはなかった。それは彼女が常に壁を築き、周囲と距離をとり、周りもそれに一切干渉しなかったからだ。彼女の魅力に欠片も気づいていなかったからだ。なのに、とグツグツ湧き上がってきた気持ちに、ふたをすべく唇をかむ。どんよりとした暗く重いものが、腹の奥でグルグルする感覚は、けして気持ちのよいものではなかった。





俺が善法寺の素顔を見たのは、今日が初めてじゃなかった。夏の風が吹き始めたころ、一回だけ彼女の素顔を見たことがある。それは偶然だった。

午後の古典って、昼寝しろって言ってるようなもんだよなぁ。まるで、子守唄がわりになりそうな単調なリズムの声色を、右から左に流しながらそんなことを思う。それでも堂々と居眠りする気にはなれず、まどろみ始めた意識を引き戻すようにあくびを押し殺す。ふと、隣にも動きを感じて、視線だけを流した。善法寺は、目が疲れていたのか、目頭の辺りを指の腹でぎゅっと押している。普段、素顔を死守している眼鏡は、机の隅にぽつんと置かれていた。

お。めがね外すとこ、初めてみるかも。

ちょっとした興味だった。素顔はどんななんだろう。常にめがねに守られている素の彼女に、ちょっとだけ興味があった。凝視は出来ないので教科書をのぞく振りをしつつ、横目で善法寺を追う。ぎゅっぎゅっ。マッサージを施していた善法寺の両手が机の上に戻った瞬間、俺の右手からシャーペンが滑り落ちた。かつん。と、床に落ちて転がる。拾わなきゃ。そう思うのに、動けなかった。目すら動かせなかった。善法寺を見たまま、すっかり固まってしまった。

めがねを外した善法寺は、俺のストライクゾーンど真ん中だった。つり目がちの大きな瞳。意外なほど長い睫が瞬きのたびに揺れる。一見すると気が強そうに見えるのに、その表情は柔らかで、ガン見はやばいだろ、と思いつつ、俺は善法寺から目が離せなかった。

「…食満くん、落としたよ」

善法寺の声に、はっとする。やっべえ!意識飛んでた!

「…え、あ。な、なに?」

慌てて小声で伺う。滑り出した声は震えていて、それにびっくりして、思わずどもってしまった。
なに緊張してんだ!俺!恥ずかしくて消え入りたい気分の俺とは対照的に、善法寺は全く気にする様子もなかった。「落としたよ」と彼女の唇が動く。そんな些細な動きにすら、目が離せなくなって、心臓がどくどくと早鐘を打った。善法寺の小さな手には、俺が落としたシャーペンが納まっている。なんでか言葉が出なくて、そっと左手を出してそれだけを受け取った。お礼さえも言えなかった。

今ならわかる。
あの瞬間、俺は善法寺に恋をしたんだと。



みんなが騒ぎ出すずっと前から知っていた。やぼったいレンズの向こうにある瞳がすごく澄んでいることも、縁取ったまつげがびっくりするくらい長いことも。ずっとずっと、多分、クラスの誰よりも早く。そのままの彼女を、俺は見たんだと思う。そして、それは自分だけなんだとずっと思っていた。少なくとも、今日までは。

「俺、本気で狙ってみっかなぁ」
「ばーか。相手にされねぇっつの」
「いやいや、意外と流されやすいかも」

免疫なさそうじゃん。と笑う友人どもに、バックチョークを仕掛けたい気持ちに駆られる。冗談のつもりなのはわかっている。わかっているけど、腹の底から湧き上がるもやもやは、どんどん大きくなる一方だった。ああ、もう、気分が悪い。

善法寺!お前もう、めがね外すんじゃねぇ!壊すんじゃねぇ!

素顔は俺だけのものにしたい。と、声に出したい衝動をぐっと我慢して、腹の中だけでひたすらに叫んだ。






きっかけスイッチ





****************
2011/1/14



リクエスト内容
留伊(にょた)・11/25設定・留→←伊



リクエスト、ありがとうございました。




title:確かに恋だった



back