キミに溺れて窒息死 * 3

(小平太視点)



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受け取ったセーターは、伊作のカーディガンのように自分には一回り大きかった。

そういえば、と先ほどまでの会話を振り返る。
怪我のことも聞き忘れたが、それよりなにより名前を聞いていない。物を借りておいて名前もクラスもわからないではどうやって返せばいいんだろう、と頭を痛めた。借りたものはきちんと返す。破天荒と言われる自分だが受けた恩赦に関してはきちっとしたい。コレが私のポリシーなのだ。
さて、どうしたものか。

「うーん、潮江君に聞いたらわかるかもね」

5限目は移動教室だった。そして今は移動中だ。
文次郎宛の伝言を思い出して、ついでに聞こうかな、と漏らした。

「よく喋れるよね。僕はなんか怖くてちょっと苦手だよ」

いい人なのはわかるんだけどねぇ、と伊作がぼやく。
伊作を精一杯で守ってきた9年間を思い出して、伊作が普通に男と会話する時間を自分が奪ったんじゃないかと胸が痛くなった。伊作が泣くたびに男は敵なんだと、なるべく遠ざけるように仕向けてきたのは自分だ。そんな伊作は純粋培養の温室で育ったかのようにふんわりした可愛くて優しいいわゆる理想の女子に育ったのだが、やりすぎてしまったのか過去の経験からなのか、男と言うものが非常に苦手らしい。出来る限り会話をしたくない、と漏らしていたのを思い出す。

「文次郎なんか怖くないぞ。せっかくだから喋ってみたらいいじゃないか」
「えええ、いきなり潮江君はハードル高いなぁ」
「平気だって。見た目あんなんだけどいいやつだし」

文次郎がいい奴なのは本心なので薦めておく。この薦めておくはあくまでも男友達にするには、と言うイミだ。
以前、文次郎の携帯の電池パックの蓋の裏側にそれはもう可愛いと言うか綺麗と言うか、文次郎とどうつながってるのかわからないが、とにかくこんな知り合いいるのかよ!と本気の突込みをかましたくなるくらいの美少女と並んで写るプリクラが貼られていたのを覚えていたからだ。因みに何でそんなわかりにくい場所のプリクラを発見できたかと言うと、私が文次郎の携帯をうっかり破壊したからである。見るも無残な携帯を前に、殺される、と憔悴しきった文次郎を思い出して、あの時は申し訳なかったと心の中で詫びを入れる。
兎に角、プリクラの美少女にのめりこんでるらしい文次郎が伊作に横恋慕するとは思わない。奴も古風な男だからけじめはきっちりつけるタイプだと思うのだ。
そんなわけで自分にとってもいい男友達でもある文次郎は「友達にするなら」有料物件だと思う。なにより自分の友達なので何か問題があったときに締め上げるなり何なりの対処が取れる。…要は伊作が心配で心配でたまらないのだ。

「そうだなぁ、小平太が毎日そういう格好してくれたらいいよ」

制服を指差して伊作が笑った。
昼休みに伊作に仕立て上げられた制服と頭と化粧はそのままだ。なんせ昼食も途中でお開きになってしまったくらいなのだから、直してるような時間の余裕は全くなかった。

「げー、そっちのほうがハードル高いじゃないか」
「それこそ高くないよ。こういうのは慣れだし。いつもの小平太も好きだけど今日みたいな小平太もかわいいなぁって」
「お世辞は良いよ」
「違うよ。いつも守ってもらってばかりだけど、今日の小平太見てると私が守りたくなる感じがするよ」

そういうものなんだろうか。
ジャージからブラウンのセーターに替えた姿は背は違えど伊作のそれによく似ていた。高い位置でお団子にしているため伸びる影はいつもより長い。こんな山女を守りたくなるってどういう心境なんだろうか。
落としていた視線を戻す。前を歩いてる背中が文次郎なのに気がつき、おい、と叫んだ。伊作に話してもらおうかとも考えたが数分後には授業が始まる。伊作には荷が重いかと結論付けてさっさと用事を済ます事にした。

「文次郎、図書委員から伝言だ。本返せ」
「あ?…ああ、長次の奴、教室まで来やがったのか」
「長次って奴かどうか知らないが、茶色い髪のでっかい男は来たぞ」
「それが長次だ」

へー、あいつ長次って言うのか。
ふぅん、と相槌を打つと文次郎が、あれ?っと声を上げた。

「そのセーター、長次のじゃないか?」
「ああ、そいつが貸してくれた」

委員会じゃないから着ないとか何とか。委員会だから着ると言うのもなんだかよくわからないが、このセーターはふかふかで暖かくて気持ちがいい。実に運がよかったと思う。

「文次郎は長次の事よく知ってるみたいだな」
「ああ、中学が一緒だったんだ。まぁ俺よりも仙蔵のほうが話が合うみたいだったけどな…よく二人で話をしていた」
「仙蔵って誰だ?」

途端に文次郎の顔に朱が差す。
あ、これはもしかして。野生の勘というべきか、女の勘というべきか。脳裏に例のプリクラ美少女が浮かんでくる。

「なぁ、もしかして携帯の女か?」
「…ああ」

あの文次郎が消え入りそうな声で呟く。仙蔵とは幼馴染なんだ、と言った。

同時に胸の奥がズキンと痛んだ気がした。
仙蔵は綺麗な子だった。あの綺麗な子が長次と仲良くしていたのか。文次郎は仙蔵のことを好きなんだろうけど、この会話の流れ的に付き合っていないらしい。文次郎と仙蔵と長次。仙蔵のことはプリクラでしか見たことがないけれどやっぱりあの子も伊作みたいに優しくて可愛いんだろうか。長次もやっぱり可愛くて綺麗な子が好きなんだろうか。それとももう付き合ってたりするんだろうか。
色んなことが頭の中でグルグルする。鳩尾の辺りがもやもやして非常に気分が悪い。

「しかし長次が私物を貸すって珍しい事もあるもんだな」
「そうなのか?」

名前も知らない私にセーターを差し出してきたもんだから、てっきり親切を振りまいてる奴なのかと思えば案外そうでもないらしい。
中学時代は教科書を忘れてこようと寒いと涙で訴えようとしても全く取り合ってもらえなかったらしい。それはそれで非情だなぁと思ったけれど、今長次の服を借りている事実になんだかホッコリとした気分になってくる。なんだか特別になったみたいだなぁといいように解釈したくなる。

「ところで小平太、化粧してんのか?」
「伊作にやられたんだ」
「違うよ、小平太がやってもいいかなぁって言ったんだよ」

一歩引いていたはずの伊作がいつの間にか隣に居た。

「そうだっけ?」
「そうだよ」
「ほう」

文次郎が爪先から頭の天辺までをじぃっとみてくる。
こいつもクラスの男みたいに揶揄すんのかなぁと思ったら頭がくらくらしてきた。…文次郎がそういうことを言うとは思わないが、笑いながら「らしくないなぁ」ぐらいは言いそうだなと顳を抑える。
けれど次に文次郎の口から出た言葉は非常に意外だった。

「いいんじゃないか?」
「え?」
「いつものが悪いとは言わないが、俺は今日の小平太もいいと思うぞ」

文次郎はお世辞が言えるような奴じゃない。高校生活の僅か数か月分くらいしか文次郎のことを知らないが、嘘がつけないまっすぐな奴だと思う。こいつが良いって言ってるなら多分いいんだろうなぁ。伊作が必死な目で、小平太はすっごい可愛いんだから、と言っていたのを思い出す。
そうか、私もこうして良いのか。


視聴覚室の扉を潜り、適当な席に腰を落ち着けた。
セーターの裾をめくって左側についてるタグを覗くと、よく知った国内メーカーが飛び込んでくる。学校の近くにあったかなぁと考えを巡らせて、そういえばちょっと行った先のショッピングモールのテナントにあったなと考えに至った。確か夜は9時くらいまで営業していたと思う。部活の後だけど急いで行ったら間に合うだろう、多分。
セーターの裾に手を伸ばしてそっと撫でた。







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2010/9/5


title:確かに恋だった


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