キミに溺れて窒息死 * 4

(小平太視点)



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瞼の裏に感じる機械的な点滅と、携帯の振動で、朝が来たんだと思い知らされる。
うーん、もうちょっと寝てたいなぁと布団を手繰り寄せると、再びアラームが鳴った。時刻は午前5時。家から学校までは電車と徒歩でそこそこ時間はかかるけれど、それにしたってまだ早い時間だ。けれど残念ながら、本日は朝錬と言うものがある。
7時集合だっけ?ああ、そしたらもう起きないとなぁ。
布団から這い出て軽く伸びをする。台所で水を一杯飲むと洗面所で顔を洗った。今まではここからそのまま朝食を掻きこんで適当に制服を着て適当に髪をまとめて歯を磨いて家を飛び出ていたが今は違う。もう一度部屋に戻ると、机の隅に申し訳程度に置かれた化粧水やら乳液を手に取った。これは伊作が選んだものだ。

長次からセーターを借りたその日の部活は思った以上に長引いてしまい、意を決して行こうと思ったお店には行けず終いだった。結局週末の夕方に伊作に付き合ってもらうことになった。洗顔きれそうなんだっけ、という伊作にくっついて足を運んだドラックストアで、洗顔てなに?と聞いたらすごくビックリした顔をしていた。顔を洗うのは水で十分だろうと言ったらものすごい形相で怒られた。あのときの伊作はちょっと怖かった。その後はろくな反論も出来ずにクレンジング、洗顔料、化粧水、乳液と籠に突っ込まれた。
洗顔したら保護もちゃんとしてね、と笑顔で言うものだから断りきれなかったのだ。

寝癖の酷い髪に寝癖直しと言う名のミストをかける。櫛で丁寧にといたあと弱い風のドライヤーをあてた。こうすれば撥ねが納まると教えてもらった。それでも微妙に跳ねてるけど寝癖と言うよりこういう髪質なんだろう。部活前に疲れるのはなぁ、と早々に諦めた。
今日は朝から動くから邪魔にならない髪型が良いなと考え、どうせ崩れちゃうか、と高い位置でゴムを結んだ。
制服に袖を通してスカートを折る。変な皺にならないように、と神経を張っていたこの作業ももう慣れた。備え付けのクローゼットの内側についてる大きな鏡で後ろも確認。うん、変に折れてない。
ぐぅっと腹の虫が盛大な合唱を始めたので、朝食を求めて階下に駆けた。




私のクラスは1年5組だ。そして今いるここは2組だ。3つも離れていたらなかなか交流はないし、合同体育だって別々だ。
左脇に先日買い物に行ったカジュアルブランドのロゴが入ったビニール袋を抱えて2組の扉を開けた。

一斉に目がこちらに向いたのがわかった。
その中から見知った顔を見つけて手招きする。部活の子だ。所属するバレー部の中で彼女は一番小さい。スポーツは身長でするものではないが身長があって困ると言うものでもない。特にバレーは身長があったほうが有利に働くことが多いと思う。実際バレー部の子はみんな背が高い。そんな中でベンチ入りしている彼女のポジションはセッターだった。

「長次いる?」
「…長次?誰だっけ……あ、もしかして中在家君?」
「苗字は知らないんだ」
「ちょっと待ってて」

教室の中に戻った彼女の代わりに長次が顔を現した。
はい、とビニール袋を差し出す。中身は先日借りた例のセーターだ。もちろんちゃんと洗濯だってした。タグの表示を見てきちんと手洗いを。型崩れだってしないようにと気をつけて洗ったのだ。

「悪いな、文次郎から名前とクラス聞いたんだ」
「そうか」
「すごい助かった、ありがとう」

もこもこのセーターは本当に暖かかった。
同じメーカーのセーターはどうだろう?と思い、大きめの紺色のカーディガンを買った。今着ているのもそれだ。永い間愛用していたジャージたちはあの日からおさらば。今では体育と部活専用になっている。それが正しい使い道と言えばそうなんだろうけど、制服にジャージ姿で過ごした中学3年間+高校での数ヶ月間を思うと非常に劇的な出来事だ。

「髪型、違うな」

頭を差されて、そういえば、と気がついた。初めて会ったときはポニーテール、次はお団子だった。今日もポニーテールだったが朝錬でぐしゃぐしゃになり時間もなかったので今は左の耳下で一括りにした状態だ。

「変か?」
「いや、そういうのもいい」
「そうか」

以前お団子にしたとき、文次郎にも似たようなことを言われたのを思い出した。あの時は目の前が開けた感じだったが、今は妙に気恥ずかしい。なんだろう、この気持ちは。
そういうのもってことは前のお団子もよかったんだろうか。お団子のほうが好きなのかな。お団子にするなんて器用な芸は持ち合わせていないけれどこれを機に伊作に教えてもらうのもいいかもしれない。

「七松はバレー部だったか。朝から大変だな」
「別に大変じゃないよ。バレー好きだし体動かすのも気持ちいいし……て、あれ?」

名前、教えたっけ?
ふと持ち上がる疑問、脳みそをフル回転させ今までの経緯を振り返る。伊作は小平太と呼ぶし、幼馴染とか言ってた文次郎あたりが漏らしたんだろうか。でも文次郎だって小平太と呼ぶ。文次郎は長次のことを長次としか教えてくれなかった。どうせならフルネームで教えろよと思ったのは内緒だ。そんな気の利かない男が教えたとは考えにくい気がする。大体名前は置いとくにしても、何で部活まで知っているんだ。疑問がどんどん浮かんできてパンクしそうだ。

「七松は目立つから知ってた」
「そうなんだ」
「図書室から体育館が見えるから」

そういえば長次は図書委員だった。
体育館からも2階にある図書室が見えてたなぁと思い妙に納得する。ということは備品を壊しては大声で叱られるのも聞かれていたんだろうか。そう思うとなんだか格好悪くて居た堪れない気持ちになる。

「そういえば中在家って言うんだな」

空気を変えようと別の話題を振ると長次は僅かに頷いた。
中在家、中在家、七松、七松。

「同じクラスだったら席近かったのにな!」

にっと笑って残念だ、と言うと耳まで真っ赤な顔をした長次が居た。


なんだこれ。








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2010/9/5


title:確かに恋だった


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