キミに溺れて窒息死 * 6

(伊作視点)
そこはかとなく文仙も混じる。



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最近小平太が変わった。
最初は気のせいかなぁと思っていたけど、どうやら思い違いではないらしい。今まで興味も示さなかったお洒落に少し目覚めたらしく今日なんか、お団子の作り方教えてくれ、と言ってきたから天地がひっくり返るかと思った。本人は無自覚のようだが、中在家君が現れてから小平太はどんどん女の子らしくなっていってるような気がする。だってあの小平太がジャージを穿かないんだ!あのセーターの日からずっと!これってすごいことだよ!


そして今はお団子練習真っ最中だ。
小平太の髪は青みがかった黒をしている。色素の薄い自分とは違う髪にほうっと溜息が零れる。

「こうやるんだよ」

鏡越しに弄るよりかは見せた方が覚えるだろうと自分の髪もといて小平太の正面に座った。髪の毛を頭の高い位置でまとめるとゴムで軽く縛ると櫛で軽く逆毛を立てた。あとはブロック分けした後に軽く捻ってピンで留めるだけだ。
どうしてもうまく出来ないらしく目の前の小平太はうーうー唸っていた。ああ、可愛いなぁ。
もともと小平太は器用とはいえない。細かい作業は苦手だったはずだ。別にお団子頭が特別細かい作業と言うわけではないが、レパートリーがポニーテールしかなかった小平太にはちょっと難易度が高そうだった。

「お団子じゃなくてもシュシュで縛るだけでも十分可愛いよ」
「お団子が良いんだ」

…譲る気はないらしい。
頑固者め、と心の中で毒づいていると、長次はお団子が好きみたい、と小平太が零した。
そっか!中在家君のために努力してるんだ!
そう思うと目の前の小平太が本当に可愛くて溜まらなくなって思わず抱きついてしまった。おお!と教室から歓声が沸いたのはこの際無視だ。




部活に向かった小平太の頭はいつものポニーテールに戻っていた。
結局本日のお団子講座は失敗に終わったけれど、これからは時間がある限り小平太に付き合ってあげようと思った。今日は何にも用意してなかったからなぁと少し反省。使いやすいようにUピンとシュシュとワックス、あと鏡も2枚用意しよう。
一生懸命な小平太を思い出すと自然と口元が綻んだ。
と同時に代わり映えのない自分に気が沈んでしまう。見かけの問題ではなく、中身の。

男の人が苦手だった。

それは高校生になった今でも健在で、小学生くらいなら平気だけれどどうしても同い年か少し下、年上の男は苦手でしょうがなかった。因みに父親は例外だ。
過去に色々あったせいもあるが、それ以上に小平太に甘えすぎていた自分も悪いんだと思う。小平太の陰に隠れて必要以上に男子と距離をとった生活をしていた。このまま小平太の陰に隠れて生活していけるなんて当然思っていないし、なんとかしないとなぁとも思ってる。けれど男子を目の前にすると足が竦んでしまうのだ。何をどうやって話していいのかもわからなくなるし、喉が詰まったように声が出なくなる。
小平太は僕の憧れだった。ハキハキしてて男子にだって先生にだって先輩にだって物怖じしない、言いたいことはきちんと言って。笑顔も可愛いし、最近の恋する彼女はそりゃあもうすごく可愛いのだ。

小平太は変わった。
女の子らしくするのが苦手と直接聞いたわけじゃないが、学校で会う彼女も休日に会う彼女も自分のようなひらひらふわふわした格好ではなく、酷くさっぱりしたものだったから多分そうなのかなぁとずっと思っていた。それが少しずつ変化していって僕もこのままではいけないんじゃないかと考え込んでしまう。二人きりで会話をするとかは無理だとしても教室で普通に友達として会話くらいできるようにならないといけない気がする。
そこまで考えて入学当初の苦い思い出が頭の端を過ぎる。親切にしてくれた男子がいた。会話しやすいように柔らかい物腰で話しかけてくれて、僕にも男の子の友達が出来た!とちょっと喜んでいたのだ。それが嬉しくてたまらなかったのに2週間もした頃から様子が変わっていった。妙にべたべたというか過剰なスキンシップが増えていって、最後には保健室のベットで押し倒された。すごくすごく怖くて鳩尾に蹴りを入れてうまく動かない足を引きずって。逃げた足でそのまま小平太の元に泣きついた。そして次の日、小平太が男を殴ったのだ。
そんなこともあってクラスの男子とはいまだにまともに喋れない。信用が置けないと言うべきか。
零れる溜息が止まらない。

「こうしててもしょうがないしもう帰ろう」

バックにノートを詰めていると突然扉が開いた。扉の先にいたのは。

「…潮江君」

教室には誰もいない。彼と僕だけだ。潮江君は小平太と仲がいい。小平太を挟んでだけど軽い会話(と呼べるんだろうか)をした事は1度だけあった。
そういえば前に小平太から文次郎と喋ってみたら?と薦められた。潮江君は悪い人ではなさそうだけどなんだか怖くてうまく喋れそうもない。だって見た目が怖すぎる。
気まずいなぁと思って慌てて席を立つと足が縺れて盛大にこけてしまった。ああ、情けない。

「おい、善法寺。大丈夫か?」

潮江君が慌ててそばに寄ってくる。

「うん、大丈夫。いつものことだし」
「いつもって…いつもそんなに転んでるのか」

あはは、と乾いた笑を浮かべて潮江君に救急セットを見せた。転ぶのはしょっちゅうなので簡単な怪我なら対処できるように持ち歩いてるのだ。潮江君はちょっと呆れていた。
かばんの中身も盛大にぶちまけていたらしい。潮江君がご丁寧に拾ってくれていた。

「ありがとう」
「膝擦り剥いてるぞ、お前は手当てしとけ」

自分で出来るよな、と言われこくりと頷いた。さすがにこの程度の怪我で保健室のお世話になるのも恥ずかしいので、自前の救急セットから消毒液と脱脂綿、絆創膏を取り出すと手早く処置する。保健委員だからというのもあるが自分の怪我の多さに処置も手馴れたものだった。最後に絆創膏を貼って終了。
ごみを捨てようと席を立つと、コトンと音がした。振り返ると床に携帯が落ちていた。黒いスライド式の携帯。自分の携帯はピンクの折りたたみ式だから違う。そのままにしてたら踏み潰しちゃうと思い、携帯を拾い上げた。刹那、何処かボタンを押してしまったらしい。液晶画面が光を点した。うっかり待ち受け画面を見て思わず吹いてしまった。

「なにこれ!」

僕の声に潮江君が反応した。

「あ、俺の携帯」

あー、そうだね。潮江君の携帯なのはわかってるよ。これを見たら!
拾い上げた教科書やノートを机に置いた潮江君が僕のほうに向かってくる。それよりも今はこの携帯が気になってしょうがない。

黒の携帯の待ち受け画面には潮江君と見たことのない色白の美少女が並んで写っていた。
凛とした立ち姿の少女の隣には教室でよく見る、そして今現在ここにいる潮江君の姿がある。潮江君と美少女。すごい可愛い女の子だ。潮江君とは結びつかないんじゃないってくらい。どのくらい可愛いって、テレビの中にいるんじゃないかと思うくらいの美しさだ。長い漆黒の髪はさながら日本人形のようだ。なんかもうビックリだ。美女と野獣を素でいくこの画像と目の前の潮江君がこんな待ち受けにしていると言うのが妙にツボにハマッてしまい笑いが止まらない。
何笑ってんだ、と僕の手から携帯を取り上げた潮江君は画面を見て固まった。そして顔を真っ赤にしている。
なんだこれ、すっごい面白い。

「ちちちち、違うぞ!俺じゃない!俺がやったんじゃない!昨日までは普通の待ち受けだった!」
「いーじゃない、照れなくってさぁ。彼女?かわいいねー」
「ち、違う!」

二人で写ってるからてっきりそういう仲だと思ってたのに、なんだかつまらないなぁ。

「許婚だ!」

耳まで真っ赤にしてそういう潮江君に、治まってた筈の笑いがまた込み上げてきた。







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2010/9/5


title:確かに恋だった


→7

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