冷たい指先」の続き。
少々裏表現あり。

















「……長次の手、冷たくなってる」

小平太の両の手を覆った長次の掌はすっかり冷たくなっていた。掴まれた時は確かに自分よりも体温を持っていたはずなのに、今では自分の方が少し温かいくらいだ。それでも平素と比べたらまだまだ冷たいのに。
長次のそれはまるで血が通ってないのかと思うほどだった。
怖くなって、きゅっと目を瞑る。落ちきっていなかった涙が頬を伝った。

「人は緊張すると体温が下がるんだ」

控えめな口調で長次が呟いた。
そんな話は初めて聞いた。
小平太は元より緊張するようなタイプではないので、その感覚がわからなかった。長次だって同じはずだ。演習の日も、試験の日も、テストの日も、顔色変えずに淡々とやってのける。それこそ緊張とは程遠い存在な気がする。

「長次は緊張しているのか」
「…そうかもしれない」

存外あっさりと肯定され、小平太はこれでもかと目を見開いた。
長次は何に緊張したんだろうか。
一方的に好きだと告げて、一度でいいから抱いてと縋りついたのは小平太の方だ。長次の気持ちを全部無視して、自分の気持ちだけを一方的に押し付けた。長次が迷惑だと思ったとしても緊張する場面ではないと思う。
そうしていつもとは比べ物にならないくらい冷え切った自分の手を思い浮かべた。

「じゃあ、私も、…緊張してるんだな…」

絞り出した声は震えていた。

どんな汚い手を使っても長次との思い出が欲しかった。
もちろん思い出だけならたくさんある。六年間寝食を共に過ごしてきたのだ。テストで赤点を貰ったときは深夜まで付き合ってくれたし、誕生日にはボーロを作ってくれた。一緒になって笑いあって、肩を組んで並ぶ。でもそれは全て友達としての思い出で、小平太が欲しているものは違った。懇願してやまないのは、もっともっと貪欲でどす黒い欲望だ。
小平太は長次が好きだった。それはもう友達という域を超えた感情で。距離を取りたがっている長次には気がついていたけれど、それでも湧きあがった感情を抑えるなんて小平太には到底無理だった。
だからせめて一回でいい。一回でいいから友達としてではない思い出が欲しかった。友達には見せない長次の顔を見たかった。それさえあればこの先もきっと大丈夫。気持ちが届かなくてもいい。通じ合わなくてもいい。ちゃんと友達の仮面を被って付き合っていける。そう思っていたのに。
短絡的な自分の思考に苦笑いしか出ない。

好きだといってしまった。一回だけじゃない。二回も。しかも涙まで流してしまった。
聡い長次はきっと小平太の気持ちに気づいてしまっただろう。そう思うと居た堪れなくて逃げ出したい気持ちになる。
もっともっと軽い口調で言えばよかった。笑いながら戯れの延長のように事に及んでしまえばよかった。それで「これも勉強だ」と黙らせるように仕向ければよかった。
何もかもが後の祭りで引くことも進むことも出来ない。八方塞でどうしようもない。
節の目立つ長次の手に力が篭る。ぎゅうぎゅうと握られて、逃げ場はないな、と悟った。

「…さっきの、話の続きなんだけど」
「ああ」
「私、長次が好きなんだ…。その、友達とか、そう言うんじゃなくて」

長次の顔が見れなかった。

「…気持ち悪くて、ごめん」

男にこんな気持ちを向けられて迷惑だろう。
六年の中では体格だっていいほうだし、二次性徴を終えた体はごつごつしていて、お世辞にも可愛いとは言いがたい。きっと嫌悪するだろう。
もし長次に不快感を露にした双眸で見られたら…。
嫌な想像をして、また体温が下がるのを感じた。そこではたと気がつく。緊張してたんじゃない。自分は怖かったんだと。
怖いと緊張は似ているかもしれないけれど、小平太は嫌われるかもしれないという恐怖に潰されそうになっていた。一生分の勇気を振り絞って「抱いて」と言ったけれど、受け入れてもらえないかもしれない。たとえ受け入られても事が起こる前と同じように接しられるか、接してもらえるか。
それは嫌だ。
小平太は必死に謝罪の言葉だけをひたすらに繰り返した。

「謝らなくていい」
「でも」
「…気持ち悪いなんて、思っていない」

意外な返事に伏せていた顔を上げると、瞳に映った長次は僅かに顔を赤くしていた。目が合うとサッと視線を逸らされる。

「同じだから。だから、いいんだ」

最後の方はうまく聞き取れなかった。
引き寄せられて目の前が真っ暗になる。心地よい温かさと焦がれた匂いに包まれて、抱きしめられた事を理解した。背中に回された腕が力強くて、心地よくて、それだけでもうどうにかなってしまいそうだった。
同じって何?いいってどういうこと?何で抱きしめられてるの?
聞きたい事はいっぱいあるのに喉の奥が詰まったみたいにうまく声が出ない。パクパクと金魚のように口を開けたり閉じたりを繰り返していた。

「…私も同じ意味で、好きだから」

そうして長次は肩口に顔を埋めた。
長次が好きだといった。同じ気持ちだった。友情ではなく愛情だった。あの苦しかった日々を思い出して嘘みたいだと思った。
嬉しいはずなのにまた涙が溢れてくる。
長次の背中に腕を伸ばして必死にしがみついた。

「好き、好き。すごく、好きだ」

滲む世界にこれは夢ではないと言い聞かせるように何度も何度も言葉を繋ぐ。
不意に締め付けられていた腕が緩まり、え?と顔を上げた。刹那、額に軟らかいものが当たる。

「くすぐったい」
「やっと笑った」

そのまま瞼、鼻先、頬と口付けが落ちる。こそばゆいと肩を竦めて笑うと、今度は首に腕が回った。
一瞬だけ、唇に温もりを感じた。何が起きたのか脳が処理できない。いまなにを、と出かけた言葉は更なる口付けで喉の奥に引っ込んでしまった。

舌を吸われ、歯列をなぞられ、口腔内をどんどん暴かれる。息が上がって腰の辺りが熱を持って、心なしか鼓動も早くなっている気がする。与えられるだけは嫌だと思い、控えめに舌を差し出したが、意思を持って絡み合うそれに頭の中が解けてしまいそうだった。深くなる一方のそれに息がうまく出来ない。

そのくらい時間が経ったのか、ゆっくりと唇を離し距離を取った。
濃厚な口吸いに呼吸が荒くなる。長次の息も僅かに上がっていて、自分だけではないことに少しホッとした。



そのまま布団の上に横たえられて、長次越しに天井が目に映る。らしくないと思いつつも、気恥ずかしくて直視なんて出来なかった。長次の顔が見れなくて、でも逸らしたくなくて、頭の向こうに見える天井だけを馬鹿みたいに見つめていた。
寝間着の裾に節ばった大きな手が伸びる。膝を割られて内腿に触れたその手が少し冷たくて鳥肌が立った。何度か内腿を擦ったかと思えば、その手が今度は胸に伸びてきて脇腹から胸にかけて執拗に撫ぜるものだから、ひゃあ、と高い声が漏れる。
胸の尖りに爪を立てては壊れ物を扱うかのように優しく触れる。摘まれたかと思えば周辺を撫ぜたり、指で弄ばれては時折舌が這う。手とは違う生温かい感触に腰の辺りが疼いた。恥ずかしさとは違う何かが込み上げてきて別の意味でまた涙が出そうだった。撫でるように触れた頬が耳元の空気を動かして、更に下腹部に熱が集まっていく。
内腿に長次の足が当たっている。小平太の変化などわかっているはずなのに、いつまでも胸ばかりを愛撫するものだから、もどかしくて思わず声を上げた。

「…ちょっ、ま、あっ」

待ってと言いたいのに長次が動きを止めないものだから変な声ばかりが上がってしまう。顔が熱くなる。
涙目でキッと睨むとようやく長次の動きが止まった。

「ちゃんとしろよ」
「…してるだろう?」
「そうじゃなくて!」

下も触れ!と耳元で言ってやれば、長次は満足げに口元を緩めた。
下帯だけを解かれ、冷えた空気に自身がぶるりと震える。先程までの行為で小平太自身はすっかりと芯を持って熱を孕んでいた。
そっと長次の指が絡みついて息を呑む。裏筋を辿ってから括れに触れ先端をぐりぐりと押される。そのたびに先走りが、溢れ長次の手を汚していった。
自慰くらいしたことはあるが、他人にされるそれは想像以上に気持ちがいい。それが長次から与えられたものだと思うと更に堪らない。

「あ、あ…んっ、…あぁ」

上擦った意味のない声ばかりが口を吐いて出る。帯の解かれないままの寝間着からは肩やら足やらが出ていて着物としての役目はもう果たしていない。中途半端に脱がされたそれが絡み付いて動きを制限するものだからいけないことをしているような錯覚に陥って余計に煽られた。
滑りを含んだ手が上下に動くたび身震いする。その間も空いてるほうの手が上半身を撫でては、舐められ歯を立てられる。
腰の辺りが甘い痺れを含んでいる。気持ちいい、もっと触れてほしい。瞼の裏がチカチカしてうまく体に力が入らなかった。これは絶頂が近いのかもしれない。
快楽に飲み込まれてもなお、もっと長次に触れてほしいと欲望は底が見えない。実に貪欲だと思う。
与えられる快楽に奥歯を噛んで必死にやり過ごしていたが、不意に鈴口を引っ掛かれあっけなく小平太は果てた。

「…くっ……」

ビクビクと体を震わせて長次の手の中に精を放った。
頭の中がふわふわして何も考えられない。ただ乱れる息を整えようと必死に呼吸を繰り返していた。

「大丈夫か?」

心配そうに覗き込む長次の手はすっかり濡れそぼっていて、それを汚したのが自分だと思うと恥ずかしいような居た堪れないような気分になった。
余韻で気だるい体を起こして長次にそっと口付ける。

「すごい、よかった」
「…そうか」

悔しいけれど事実なのでそう告げると、長次は安堵を浮かべる。それがとても愛しく感じて今度は自分から口を吸った。
部屋に篭った空気は濃厚で、その雰囲気にすっかり酔ってしまった。








乱れた吐息
(急がずにはいられなくて)





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2010/9/9



title:確かに恋だった



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