ぱちんと弾かれた手のひらが痛くて、同時にヒビが入ったみたいに心が軋んで、足元から崩れてしまいそうになる。

「そんな、迷惑だった?」

萎んでなくなりそうな気持ちを引っ張り上げて、直球の質問をぶつける。返ってきたのは否定の言葉だった。

「じゃあ、なんで?」

長次はそれに答えてくれなかった。
受け入れるわけでも、突っぱねるわけでもない宙ぶらりんな態度は、真綿で首を絞めるようだ。
目頭のあたりがどんどんと痛くなる。
やばい、泣くかも。咄嗟に背を向けて、唇を噛んで耐えた。今ここで泣いたらだめだ。もう意地だった。

絞り出した「おやすみ。」は、感情がまるでない人形のようだった。後ろ髪が引かれるような名残惜しさを振り切って、帰るべき方角へ手足を動かす。気を抜いたら涙が零れてしまいそうで、拳を強く握って地面を這う白い点線ばかりを追う。

ほんの少しだけ、追ってきてくれることを期待していた。駅までの道すがら、何度も何度も振り返る。けれど、自分の後ろにあるのは暗い夜道ばかりで、長次の影なんてまったく見えなかった。絶望が心を真っ黒にする。


家に帰るまでは絶対に泣かない。そう誓いを立てたはずだったのに、自分の気持ちとは裏腹に涙が溢れて、まったく止められない。

手の甲で必死に拭いながら、改札を突っ切る。人気のまばらなホーム、その隅っこで電車が滑りこんでくるギリギリまでしゃがみこんで情けないほどに泣いた。

頬を伝う涙が、手のひらを濡らす。流れ落ちる滴は生暖かいのに、濡れた先から体温を奪うようで、心が根っこまで冷えていく心地だった。



気のせいだったらいいな、と思っていた違和感は、やっぱり気のせいじゃなかった。積もりに積もった疑念が、一気に爆発する。そこからはすっかり負のループだった。
なんでこんな風になったんだろう。グルグル考えて、思い至ったのが三月の初めごろの出来事だった。

毎月くるべきものが、来ていない。

会話の流れから伊作にそれを指摘されて、初めて、あの時避妊したのかどうか曖昧だったことを思い出した。

これは、お前一人だけの問題じゃない。

文次郎と伊作の二人に諭され、そこで初めてとんでもないことをしたと実感した。自分の軽率さが、長次の一生をだめにするかもしれない。そんな当たり前のことに気が付かない自分の馬鹿さ加減に、絶望にも似た心地になる。

妊娠したかも、なんて。どこぞのドラマか漫画のようなセリフも、男に泣き縋る自分も、欠片も想像したことなんてなかった。そんなこと言う日が来るなんて思いもしなかった。

口にした瞬間、長次を取り巻く空気が変わったのが伝わり、言ってすぐに後悔した。言わなきゃよかった。困らせるってわかってて言うなんて、なんてバカなんだろう。泣きそうになりながら「でも、違うかも。」と取り繕う自分はますます滑稽で、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。




(中盤から抜粋)



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喧嘩したり、泣いたり、結構忙しい感じで。
こっそり彼女とは健全な〜*1*2*3の結末も回収しています。



2012/9/24