ひどく甘ったるいばかり→恋に罪はなかった→チョコより甘いキスをしての裏話。
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食満さんを、好きになっている。
指摘されて初めて気がついた事実に酷くうろたえたのは昨日の事。まさかその翌日に別の意味で、気が動転するとは思ってもいなかった。
学校を出たときにはポツポツ程度だった雨が、二時間ほどたった今では豪雨に変わっている。まさに異常気象だった。冬の雨は酷く冷たい。
傘を貸して、と小平太から連絡があったのは一時間ほど前。小平太の性格からして親を呼ぶという選択肢は、多分頭の片隅にすらないだろう。貸せるものは無くとも迎えに行くくらいすれば良かったのかもしれないと心底反省した。
あれから全く連絡が無い。
不安に思って何度か連絡をとっても返ってくるのは無機質なコール音と、留守電に繋がるメッセージのみだった。
そうして妙な胸騒ぎを抱えて、やっと来た小平太からの連絡に、伊作は絶句した。
『…寝た』
中在家君と寝た、と。
控えめな声だったけれど、それはきちんと伊作の耳に届いた。けれど、小平太の言う言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
寝たって何?どういうこと?二人はそういう仲だったの?
たっぷり時間を置いて返した質問には否定の言葉しか返ってこなかった。
少なくとも自分の知る小平太はそんな子じゃない。男友達は多いけれど軽々しく体を預けてしまうようなそんな子じゃない。なのに、なのに。
大体、中在家君だって何を考えてるんだ。まだ付き合ってもいない女の子にそんなことをするなんて信じられない。
小平太の好意に付け込んだ彼が憎くて罵倒してやりたい気持ちでいっぱいなのにそれは喉の奥に詰まって声にはならなかった。知らない間に零れた涙に嗚咽が混じっていて、電話口からは小平太の謝罪だけが聞こえてきて、ますます涙が溢れてきた。小平太は必死に彼を庇っていて、それすらも痛々しかった。
後悔はしてないよ。
そんな風に言われたら何も言えない。もう泣くことしか出来なかった。
翌日は勉強も手につかなかった。
小平太は学校に来なかった。連絡だって一通メールが来たのみだった。
騒がしい駅で別れてからどうしたのかもわからない。
朝のラッシュ時間、人の賑わうそこに件の人物がいた。登校時間を見据えて待ち伏せしていたらしい中在家君が視界に飛び込んできたときは殴り倒してやろうかと柄にも無く思ったけれど、小平太の気持ちを考えたらそんなことも出来なかった。
だって、小平太は好きだといった。後悔してないといった。
大好きな親友がそこまで思っている相手にそんなことできるわけ無かった。
自分がいなくなった後、二人はどうしたんだろうか。
そんなことだけをぼんやり考えていたら、授業なんかとっくに終わっていて、あたりはすっかり暗闇だった。
冬の日没は早い。
昨日まで浮かれていた自分が嘘のように気分は重くて、暗い道をとぼとぼと歩いていた。
年頃になればそういう興味が出るのはわかってるつもりだった。愛情も感情も無く、そういう行為をしている同級生がいることだって知っている。そんなことも知らないほど清らかなわけでも、時代錯誤なわけでも、夢見がちな乙女でもない。
幼い頃描いていた夢は、お花やさんでもバレリーナでもなく、お母さんだった。温かい家庭を築いて、幸せな生活を送る。その夢は今だって変わっていない。だから、いずれは小平太も自分もそういう事をするんだろうなぁとぼんやり思い描いていた。好きな人が出来て、両想いになって、それから。
なのに、どうして?
初めては大事にして欲しかった。幸せな恋愛の末に肌を重ねてくれたら、心から祝福だって出来た。けど現実は違う。違いすぎる。
当事者の小平太はきっともっと悲しんでるはずなのに、自分が受けたわけではないのに、傷口に塩を塗りこまれるみたいに痛みは増すばかりで。崩壊した涙腺は泣き止めという意思と反比例してただ雫を零していくだけだった。
道の隅っこに、電柱の陰に隠れるように蹲ってとにかく泣いた。泣いたまま駅に向かうことなんて出来なくて、とにかく泣き切らないとと思ってひたすらに涙を流した。
一人で抱えるのは限界だった。
「大丈夫ですか?」
突然降りかかってきた声と気配に顔を上げればそこには。
「…食満、さ……」
泣きすぎた喉はしゃくりあげてしまって上手く言葉を出すことができなかった。
心配そうに覗き込んでいるのは、一昨日まで心の大半を占めていたあの人だ。小平太の事が無ければ、きっと今日も彼の事を考えていただろう。
なんでここにこの人がいるんだろう。
そう頭に浮かんで、このあたりが潮江君の地元だったことを思い出した。彼の地元ってことは食満さんにとっても同じで、きっと此処はただの通学路だ。
掛けられた声はとても丁寧で、多分誰かもわからずに心配したんだろう。やっぱりこの人は無条件に優しい。
それでも涙が止まらなくて、見られたくなくて、両手で顔を覆った。泣き声ばかりで意味を持った言葉なんて出ない。
「え、ちょ、どうしたんだよ」
怪我したのか?痛いのか?
そう問われて、急いで首だけを横に振った。彼の顔は見えないけれど、声の調子が酷く焦っているように聞こえて、変な心配をさせてしまったことにまた心が痛んだ。
怪我はしていない。だけど心はキリキリと悲鳴を上げていて、どうしようもなかった。苦しい、すごく、すごく苦しい。
バサリ、と肩に重みを感じて掌から顔を上げれば、食満さんが自分の上着をかけてくれていた。
「冷えるから掛けとけ。あんま温かくないだろうけど堪忍な」
ちょっと待ってて、と言葉を残した彼は走って何処かへ行ってしまったけれど、一分もしないうちにまた伊作の元へと戻ってきた。その手には温かいココアが一缶。それを差し出されて遠慮がちに手にした。すごく、温かい。
「何があったか知らないけどさ、それ飲んで元気出せ」
「……うん」
無理に理由を聞き出そうとしない食満さんの優しさが嬉しかった。
小平太の事、食満さんの事。考えれば考えるほど縺れたい糸のように絡み合ってしまい、感情は一向に解けない。どうしていいのかわからない。
伊作は馬鹿みたいに泣き続けるだけなのに、上着まで貸してきっと寒くて堪らないだろうに、何も言わずにただ隣にいてくれた彼の事をやっぱり好きだと思った。
「これ、良かったら食べて」
朝よりも酷く腫らした目をした伊作を駅まで送ってくれた食満さんに渡されたのは、チョコチップスコーン、メロンパン、ポテチとポッキーの入った袋だった。
甘いものが好きだと聞いていたから、これはきっと彼のおやつなんだろう。
はたしてこれを貰ってしまってもいいんだろうか。
「食べたらきっと元気になるさ」
甘いお菓子は笑顔にしてくれるんだ。
彼がそう言って笑うものだから、悪いと思いつつつい受け取ってしまった。
恋愛の虚飾と現実
了
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2010/10/2
「チョコより甘いキスをして」で、こへの部屋で伊作が食べていたものは、留三郎から頂いたものです。ココアも渡されたものです。
title:確かに恋だった
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